今日の仕事場は新宿方面だったのに、よりによって湘南新宿ラインのダイヤが大幅に乱れ、本来ならば湘南新宿に乗っていたはずの人が全員詰め掛けた恐怖の山手線に揺られて本来ならばかかった時間のほぼ五割増の時間がかかってようやく初台に到着したのである。
しかしながら、どうやらこの日の不運はすべてあの山手線が運び去ってくれたようで、その後は大変な幸運にめぐり合えたのである。
まず、仕事が通例と比べ物にならないほど極めて順調に進み、深夜残業覚悟の強行日程のはずが、何とたった一時間の残業で片付いてしまったのである!!
この幸運を生かさない手はない―何しろそこは初台、オペラシティの目と鼻の先という地の利がある。オペラシティの目と鼻の先で、六時半に仕事が終わったと言う千載一遇のチャンスに恵まれた夜、どうしてコンサートに立ち寄らずにいられようか。
実はこんなこともあろうと思って、周到にも私は事前に今夜のオペラシティの公演情報を探っておいたのである(笑)。すると、何と、近江楽堂でルネサンス音楽のコンサートが開かれる日だったのである。しかも、出演者を見てみると、あの西洋音楽史上最も難しい管楽器と言われるコルネットに、これまた西洋音楽史上最も難しい撥弦楽器と言われるアーチリュートが生演奏で聴けると言うのである。
物の本によれば両方とも、あまりにも演奏が難しかったため、ついには弾きこなせる人が地上から消滅してしまったのを、20世紀に入ってイタリアの天才音楽学者ドルメッチがよみがえらせたと言う伝説の楽器である。
コルネットは、ナット・アダレイの使う小型トランペットではなく、円錐形の角笛のような形にたくさんの指穴を開けた木管に、金管楽器に使うようなマウスピースをつけた不思議な楽器で、金管楽器のようにマウスピースに唇の振動を伝えて音を出しつつ、木管楽器のように複雑な指使いを駆使して音程をコントロールしなければならないと言う考えただけで頭がこんぐらがりそうな楽器である。しかしながらその音色は金管の輝かしさと木管のやわらかさを併せ持った大変に魅力的なもので、その表現力は難しさの対価として十分なものがある。
アーチリュートと言うのは、リュートの棹を倍くらいの長さに伸ばし、低音用の弦を付け足した楽器である。ただし、この低音用の弦を使いこなすことはこれまた大変に難しいため、もっぱら効果音的にアドリブで使われるだけの機能として利用されてきたそうである。
ところが、ドイツ系ヴェネツィア人のカプスベルガーと言う天才リュート弾きが、この低音用の弦をもともとのリュートの弦の一部であるのと同じように縦横無尽に使いこなす技を編み出し、その技で自分が演奏するために音楽史上唯一のアーチリュート専用の作品を世に残したと言う。しかしその技はあまりにも難しすぎて彼とともに死んでしまったのだそうである。
こんなエピソードが音楽史の本を飾るような伝説的難しさを誇るこの珍楽器を、その道のプロの生演奏で聴ける機会と言うのはめったにあるものではなく、しかも仕事の都合との兼ね合いで聴きにいける日に都合よく行われると言うのがなんとも幸運であった。
今日一緒に仕事をしていた上司にルネサンス音楽のコンサートがあるという話をしたところものめずらしさに興味を持っていただき、一緒にいくことになった。どうやらこのコンサートは上司のお気に召したようで、帰りにはありがたくも一杯ご馳走になった。これまた幸運である。
今日はとても13日の金曜日とは思えないラッキーデイであった。
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