趣味の迷宮 ~LABYRINTHVS AD PARNASSVM~

作者Tiberius Felixの迷宮的な趣味に関する雑記帳。 主に音楽、映画、読書、語学、グルメなどの感想・論評を中心に、興味の赴くまま無秩序に迷宮的に書き綴っていくつもりです。

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努力の限界

 Miles的・・・さんにさらにリクエストを頂いたのだが、そのお題は『尾崎豊』。

 ・・・すいません、何とか記事を書こうと思ったのですが、専門外です。ぶっちゃけ、『15の夜』と『Oh my little girl』しか知りません(泣)。この程度ではとても公共のブログに書けるような文章はとてもとても・・・。

 と言うわけで、今夜は『努力の限界』について書こうと思う(苦笑)

 才能の壁、と言う絶望的な努力の限界を描いた映画に『アマデウス』があるが、この映画がすっかり悪者にしてしまったサリエリの作品が、ここ数年注目されている。

 実際、モーツァルトとさえ比べなければ、それはそれでなかなか良い音楽を書いているのだ、サリエリは。たとえばアンドレアス・シュタイアーが弾くフォルテピアノ協奏曲にしても、シュトルム・ウント・ドランクな雰囲気がよく出た佳品であるし、マルゴワール指揮によるオペラ『ファルスタッフ』や、バルトリが歌うオペラ・アリア集なども大変楽しめる作品だ。

 しかし世の中には残酷な人がいるもので、何とアマデウスの傑作中の傑作レクイエムとサリエリのレクイエムをカップリングしてしまうと言う無慈悲なCDが存在する。さすがに、モーツァルトのレクイエムとカップリングされてはサリエリの『努力の限界』を見せ付けるだけに終わってしまうように思われる。

 だが、才能の有無にかかわらず万人に平等に待ち構える『努力の限界』が、確実に存在する。それは『運』である。

 あの才能あふれたモーツァルトが、わずか35歳で死ぬことになったのも、間違いなく運の悪さに起因している。現在の通説では、モーツァルトはサリエリに毒殺されたのではなく、風邪をこじらせて腎臓が冒され、尿毒症にかかって死んだということになっているそうだが、風邪がこじれてしまったのは、免疫力の弱体化のタイミングとの関係で大いに運の介在要素が大きいのではないか。

 だからこそ古代ギリシア人は運命の女神モイラたちにゼウスよりも強い力を認めたのだろうと私は思う。

 そう考えてみれば尾崎豊の夭折も運の支配下の出来事…と、我ながらグダグダな文章になってしまったなあと努力の限界をかみ締めつつ無理矢理Miles的…さんのお題に結び付けて今夜は終わりにしようと思う(苦笑)。
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