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趣味の迷宮 ~LABYRINTHVS AD PARNASSVM~

作者Tiberius Felixの迷宮的な趣味に関する雑記帳。 主に音楽、映画、読書、語学、グルメなどの感想・論評を中心に、興味の赴くまま無秩序に迷宮的に書き綴っていくつもりです。

タナトスの花

出張中の名古屋は、横浜ではすっかり散った桜がちょうど盛りといったところである。
この、日本人の心を捉えて話さない桜については、八分咲きがいいとか、満開がいいとか、いろいろ言われているが、私は満開の盛りを過ぎて散り始める頃が一番美しいと思う。

この花はタナトス、死の力に満ちている。
ほんの短い数日で花を開かせ、そしてはかなく散ってゆく。そのはかなさこそがタナトスである。このタナトスを日本人は愛してきたのだろうし、それゆえそのタナトスがもっとも端的に現れる散り際こそが私に最も美しいと感じさせるのかもしれない。
よく、桜が美しいのは下に死体が埋まっているから、などというが、これはこの花のタナトスを実に良く言い表していると思う。

そんなわけで、ひらひらと散り行く花びらが舞い落ちるのを眺めているのは一年で最も美しい瞬間のような気がしてくる。
輝くような春の青空とのコントラストも美しく、夜の闇の中でほんやりと白くたたずむのも(もっとも、桜の名所とされるところではライトアップのおかげでこのような闇との調和など望むべくもないのが残念だが)大変美しい。
だが桜が私に最も美しく見えるのは、夕空の下のように思われる。
沈む間際の陽が染める夕空の濃い茜色ととめどなく舞い散る花びらの淡い桜色が渾然一体となって広がる一瞬、あらゆる思考は止まり、感覚は麻痺し、ただただ視覚だけが吸い込まれるようにその美しさを取り込むのだ。

夕日、というのもきわめてタナトスにあふれた情景であるため、互いが互いを強めあうのだろう。

そういえば桜の中の桜、染井吉野は江戸時代に作られた一代種で、花がつけた実からは同じものが育たず、株分け株分けで増やしていて、本来ならば絶滅する定めのものを人の手で残しているものらしい、という話を聞いたことがある。真偽のほどは未確認だが、桜のタナトスもここに極まれり、という感じがする。だからこそ染井吉野は桜の中で最も愛されているのかも知れない。
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