趣味の迷宮 ~LABYRINTHVS AD PARNASSVM~

作者Tiberius Felixの迷宮的な趣味に関する雑記帳。 主に音楽、映画、読書、語学、グルメなどの感想・論評を中心に、興味の赴くまま無秩序に迷宮的に書き綴っていくつもりです。

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ルビコン渡河大作戦~迷宮的旅行記第二章(6)

翌日Tiberius Felixは、ルビコンを渡る決意を固めた。

……そう、ユリウス・カエサルが渡ったあのルビコン川をわたってやろう、というのである。

 朝早くボローニャを発ち、カエサルの道のりを真似て、まずはボローニャからラヴェンナへ出る。せっかくなのでラヴェンナの美しいモザイクの数々を眺め、ローマを蹂躙した東ゴートのテオドリック大王、ローマ末期の皇女ガラ・ブラキディア、そしてダンテの墓所を訪ね、予定通りに駅に戻る。

 ここからが大変だ。

 ルビコン川のある町はローカル線の各駅停車しか止まらない田舎町で、電車の本数は極めて少ない。当然、トーマス・クックなどには乗らないので、あらかじめボローニャ駅でイタリア全土のローカル線を網羅した時刻表を勝っておき、時間を調べておいた。

 ところが、予定時間に余裕を持って駅に戻り、何番線の発車かを調べようと思って掲示板を見ても、乗ろうとしていた電車が表示されていない。

 これはおかしい。

 イタリアでは電車の遅れは日常茶飯事ではあるが、それでも到着予定の電車はもれなく掲示板に表示され、『遅れ30分』などと出ているものである。それがないのはおかしい。

 改めて時刻表を調べてみたところ、その電車の時刻の脇に小さな奇妙なマークがついているのに気づいた。凡例を見てみると・・・何と、その電車は夏季限定の電車だったのである。

 さあ大変だ。
 同じ路線の次の電車はなんと3時間後。
 私はこの日、どうしても6時半頃までにパルマに入らねばならず、そんなにゆっくりしてもいられない。これはルビコン渡河は断念か、と覚悟しかけたが、ここまで着ていまさら引き下がるわけにも行かない。賽は投げられた!冷静に時刻表を調べ、迂回経路がないかどうかを探ってみる。

 すると、40分後の別路線の電車に乗れば、迂回経路でルビコン河の町にたどり着けることが判った。ルビコンを渡るからにはカエサルのように冷静でなければならないのだ。

 こうして十津川警部張りの時刻表トリックを駆使して、Tiberius Felixはサヴィニィアーノ・スル・ルビコーネ駅にたどり着く。

 この町は本当に田舎の郊外の住宅街といった小さな町で、おそらく外国人でこんな町を訪ねる物好きはごく稀であるに違いない。すでに電車の中で、何となく、何だこの怪しい外人は、といった様子で地域住民が私をちらちら見ているのが判る。

 駅を出た私は駅前に出ていた駐車場の案内地図を見てルビコン川への道筋を確認し、徒歩でルビコン川にたどり着いた。

 この川をカエサルは渡ったのだ、という感慨にふけりながら、しばらく河畔を歩いてみる。さすがに2月のイタリアでカエサルの兵士たちのように徒歩で水の中を突っ切る気にはなれないので、橋を探す。

 ルビコン川は川幅10メートルあるかないかというごく小さな小川で、中央線沿いの神田川よりなお狭いような、本当になんてことのない小川である。土手は自然堤防になっていて、くるぶしくらいの高さの雑草が茂っている。

 しばらく河口に向かって歩いてみたのだが、周囲には見渡す限り畑が広がっているだけで、橋はしばらく見つかりそうもない感じであった。そこで途中で引き返し、今度は上流に向けて歩く。もと来た道を戻りきり、そこから5,6分も歩いたあたりで住宅街に入り、やがて橋が見えてきた。

 そこには、この川がルビコン川であることを示すプレートに、カエサルの渡河を記念して建てられたカエサルの像がそびえる立派な橋が架かっていた。

 一歩一歩、踏みしめるようにこの橋を、ルビコン川を渡る。
 いまやすべては成し遂げられたのだ。

 2000年の彼方に思いをはせ、心から満足したTiberius Felixは駅に戻り、リミニまで南下してES*に乗り込み、ボローニャの荷物預かり所で朝預けておいたスーツケースを引き取り、一路パルマを目指した。(続く)
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