趣味の迷宮 ~LABYRINTHVS AD PARNASSVM~

作者Tiberius Felixの迷宮的な趣味に関する雑記帳。 主に音楽、映画、読書、語学、グルメなどの感想・論評を中心に、興味の赴くまま無秩序に迷宮的に書き綴っていくつもりです。

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長距離移動~迷宮的旅行記第5章(1)

 さて、“職場卒業旅行”にいよいよ出発であったのだが、次の職場では1週間単位の休暇などおそらくは望むべくもないので、この貴重な有給消化でほぼ2回分の旅行を詰め込むことにした。

 というわけで、簡単に日程の全体像を示すと、初日はパリ経由でウィーン入りする移動で終了、翌日午前中軽くウィーン市内を見てイタリア国境付近のザンクト・ファイト・アン・デア・グランの町に移動、アッコルドーネのコンサートを鑑賞。
 翌朝ザルツブルクに移動し、市内観光。翌日はまたウィーンに戻ってきて、ウィーン観光、美術館めぐり、そして音楽鑑賞。そのあとシチリアに飛んで、パレルモとモンレアーレのモザイク建築を訪ね、アグリジェントのギリシア神殿遺跡を訪ねて、地中海の海の幸とヨーロッパ1と名高いジェラートを味わい、パリにもどり、モンサンミッシェルを見てディジョンで地酒を飲み、帰国、という、すさまじい強欲スケジュールである。

 土曜の朝5時半、家を出、成田エクスプレスの始発で成田空港に向かう。飛行機は10時半のフライトで、8時半までにチェックインを済ませなければならなかったためである。 

 本当は、前日夜9時55分発の飛行機で行きたかったのであるが、それに乗るためには東京発19時の成田エクスプレスに乗らねばならず、その成田エクスプレスに確実に乗れるところまでは日程調整をし切れなかったため、翌朝の便となったのであった。

 夜行便で行けば現地時間翌朝4時にパリに着き、午前中にウィーンに入れたのだが、今回の旅行は、シビアな日程調整の末、希望通りの日程を獲得できた経緯があるため、そこまでパーフェクトな日程にはできなかった。まあ、そこは妥協しよう。

 というわけで、パリに到着したのは夕方4時。そこから6時半の乗継便でウィーンに向かう。オーストリア航空の直行便ならもっと早く着くのだが、それでは私の加入しているスカイチームのマイレージにならないので、おなじみエールフランスパリ乗継便とした次第である。

 乗り継ぎを待つ間の待ち時間に、数ヶ月前に私にパリの記憶を鮮明によみがえらせたあのPAULの本場の支店が空港内に出ていたのを見つけたので、早速レーズン入りブリオッシュをおやつに購入。大変さっくりしていて歯触りが良く、レーズンの風味もバターの風味も豊かで、さすが本場の味、と感心させられる。

 乗継便はエールフランスとオーストリア航空の共同便で、期待はオーストリア航空のものであったのだが、入ってびっくり、その強烈な色彩感覚に強い印象を受けた。

 シートが鮮やかな濃いグリーンで、ヘッドレストのカヴァーが赤・黄で交互に並べてある。どこかフンデルトヴァッサーハウスの色遣いを連想されるようなパンチの利いた色遣いだ。ゲルマン民族とラテン民族の色彩センスの違いをみたような気がした。

 ようやくウィーンについたのが夜の9時過ぎで、そこから空港・市内直行列車で20分、ホテルまで徒歩10分で、その日は終了。夜行便が使えないと、どうしても初日は移動だけで空費されてしまう。ああ、もったいない。

 翌朝は、ホテルをチェックアウト後、まずは観光地が開くのを待ちながら市内を散策し、ここでモーツァルトがフィガロの結婚を作曲したというフィガロハウスを訪ねる。現在はちょっとした博物館になっており、いろいろな展示物を見ながら往時に思いをはせると、当時の生活ぶりがおのずとしのばれてきて、なかなか興味深かった。

 ブックショップで、オリジナルのCDでもないかと物色したところ、1枚発見。レオポルド、ウォルフガング・アマデウス、そしてクサーヴァーとモーツァルト家3代の作品を同時代楽器で演奏したという貴重な作品である。

 フィガロハウスを後にした私は、ちょうど日曜ということもあったので、そこからほど近いシュテファン大聖堂を訪ねた。すると、さすが音楽の都ウィーン。なんと、ミサがフルオーケストラ伴奏つきで、プレイエルのミサ曲で執り行われていたのである。楽器は現代楽器であったが、ミサ曲がミサの挙式で演奏されているのは本当に始めてであったので、大いに感激したものである。

 私がついたときはすでにグローリアの終結部分になっていたのだが、せっかくなので参列していくことにした。一応、カトリックの洗礼は受けているので参列に問題はない。

 しかしさすがキリスト教の守護者たる神聖ローマ皇帝の首都だった町の司教座だけあって、ミサの参列者の人数も多く、途中から入ってきても立ち見である。で、じっと立ち見でミサ曲を聴きつつ参列していたのだが、だんだん長さが答えてきた(笑)。

 通常、ミサ曲の中で一番長いクレドでもせいぜい5分、短いサンクトゥスやアニュス・デイならせいぜい2分程度であるのだが、プレイエルのミサ曲ではやたらに感情をこめて歌詞を何度も繰り返しながら歌うので、クレドだけで10分以上、アニュス・デイですら8分近くかけてたっぷりと歌う。それゆえ、ひたすら長い。歴代教皇がミサ曲は短く、グレゴリオ聖歌推奨と何度も命じたのも、モーツァルトの雇い主だったコロレード大司教が、原則として復活祭等の大規模な祝日以外のミサ曲は45分以内に終わるように作曲すべしと命令したのも、非常によくわかった(笑)。

 さて、ミサが想定外に長かったので、電車の時間が迫っており、昼食は駅の売店で売っていたテイクアウトのケバブを買い込んで済ませることにした。そして一路、電車で4時間のザンクト・ファイト・アン・デア・グランへ移動である。(続く)
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