趣味の迷宮 ~LABYRINTHVS AD PARNASSVM~

作者Tiberius Felixの迷宮的な趣味に関する雑記帳。 主に音楽、映画、読書、語学、グルメなどの感想・論評を中心に、興味の赴くまま無秩序に迷宮的に書き綴っていくつもりです。

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続・Zu Rom!!~迷宮的旅行記(4)

 パラティーノの丘はかつてそこにあった瀟洒な邸宅を髣髴とさせる遺跡で、いつの時代もどこの国も高級住宅街というのはこういうものなのだな、と感じるような雰囲気の「山の手のお屋敷」といった遺跡であった。確かに見て楽しいのだが、フォールム・ローマーヌムの興奮のあとではどうしても少々見劣りしてしまう感覚は否めない。

 パラティーノの丘を降りて今度は坂道を登り、ミケランジェロの設計になるカンピドリオ広場へと向かう。途中には聖ペテロが収監されていたというマメルティヌスの地下牢に立ち寄ってみると、なるほどこれは牢獄だ、という感じの異常に湿気の多い空間で、聖ペテロゆかりの地としてカトリック教会の刻んだ名盤があった。

 地下牢を出て坂を上がり、頂上に出ると、建物の影から広場に出る。さすがミケランジェロ設計だけあって、空間の演出が見事で、特に建物の影になって薄暗い狭い道を抜けて眼前に広場と青空がぱっと広がる瞬間は確かに大変印象的であった。有名なマルクス・アウレリウス・アントニヌス帝の騎馬像(複製だが)をながめて古代精神の"Re(再)nascimento(生)"、ルネサンスの何たるかを実感する。特に、ローマ最盛期のフォールム・ローマーヌムを経て中世の象徴のような(実際にはローマ最盛期の未決囚拘置所なのだが、今あるその姿は古代のそれではなく、あくまでも中世キリスト教時代を経た、キリスト教の聖人ゆかりの地の姿であるといえるだろう)マメルティヌス地下牢を経由し、そしてカンピドリオ広場へと抜けるコースをたどった後であるだけに、本当に”Renascimento"を実感することが出来るコースになったと思う。

 カンピドリオ広場正面の大階段を下っていくと、今度はローマ市内に残る遺跡のうち、共和政時代のままの完全な姿を残している最古の遺跡という二つの神殿、ポルトゥーヌス ( テヴェレ川の港の守護神)神殿と勝利者ヘーラクレース神殿に行き当たる。BC2C末からBC1Cに欠けてというからちょうどグラックス兄弟が殺されてからスッラ・フェリックスとマリウスの血で血を洗う市民戦争が繰り広げられていた頃にかけての建築で、カエサルやアウグストゥスの治世を経てローマが文化的に急速に洗練される前の、まだ質素さの方が前面に出た感じの建物なのだが、やはりその古さゆえの重みというか、周囲の人気のなさもあいまってどことなく侘び寂びの感覚を覚えるような味わい深い雰囲気の神殿であった(ローマに来てまでこんな感覚を感じてしまうというのは、やはり私は日本人なのだろう)。

 続いてすぐ近くの「真実の口」のある教会に立ち寄り、お約束の通りにあのマンホールのふたの口に手を突っ込んで、ポンペイウス劇場を眺めながら道を歩き、バスに乗ってスペイン広場まで移動する。

 スペイン広場のお目当ては、そこからすぐ近くにあるカプチン派の有名な教会、通称「骸骨寺院」として有名な修道士の以外の骨で作った礼拝堂である。これは塩野七生氏のエッセイ(たしか「イタリアからの手紙」だったと思う)にも収録されていたが、一種異様な迫力のある空間で、どこか中世の「死の舞踏」を髣髴とさせるような独特な死生観が窺えて興味深い。壁面に刻まれたラテン語の碑文に付いて店番(?)をしていた修道士と2,3の会話を交わす機会を得たのだが、私が大学で習った古典式発音は当然ながらまったく通じず、修道士だけに当然といえば当然ながらいわゆる「教会式」発音で"HIC JACET …(ここに…眠る)"という銘文を「イック・ジャチェット」と発音していたのが印象的であった(古典式発音では。「ヒック・ヤーケット」となる)。遺跡の碑文とは違った意味で「生きた」ラテン語にふれた気がした。

 教会を出ると時間はだいたい七時過ぎ、サマータイムの現地でもだんだん西の空が赤く染まり始める頃だった。
 スペイン広場からコルソ通りに抜け、フェリーニの「甘い生活」のシーンを回想しながらテルミニ駅方面へしばらく歩いていたのだが、夕日も沈んでだいぶ暗くなり、散歩の楽しみがだいぶ減殺されたこと、また歩きつかれたこともあって、途中でバスに乗り、テルミニ駅のターミナルで降りる。翌日のナポリ行きの電車の予約を済ませて駅近くのレストランに入り、遅めの夕食をとる。

 「地球の歩き方」に出ていたこの店でのお目当ては、ローマ名物のひとつアバッキオだった。
 アバッキオというのはラム肉のソテーで、ラムをこよなく愛する私としては絶対に食べにいこうと考えていたメニューだったのだが、しかし残念ながらこの日はすでに売り切れで、代わりに骨付き牛胸肉の赤ワイン煮込みを食べた。これが大変にやわらかく、コクのある味わいに煮込まれていて、一緒に頼んだ赤ワインとの相性も良く、あまりものに福があるという言葉を地で行くような夕食となったのである。

 例によって歩きに歩いて疲れた体にハーフボトルの赤ワインが回りに回り(苦笑)、店からホテルに帰り、気力で何とかシャワーを浴び歯を磨き、目覚ましをセットするやあっという間に眠りに付いたのであった。
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