趣味の迷宮 ~LABYRINTHVS AD PARNASSVM~

作者Tiberius Felixの迷宮的な趣味に関する雑記帳。 主に音楽、映画、読書、語学、グルメなどの感想・論評を中心に、興味の赴くまま無秩序に迷宮的に書き綴っていくつもりです。

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続・ナポリを見て死ね~迷宮的旅行記(6)

 朝食にまたモッツァレラ・ブッファラが入っていたのに機嫌をよくした私は、カプリ島に渡るための最大の試練、片道約1時間弱の船旅に立ち向かうべく勇気を奮い立たせて港へ向かうタクシーに乗り込んだ。

 昨日目撃したとおりの、あのサーキットのような道路を車で走るというわけである。
 運転手氏がクラッチをつなぐと、あっという間にギアは4速にあげられ、常時時速55キロ前後のスピードで、前後の車間距離約30cm(!)できわめてアクロバティックに道路を駆け抜け、港についたのである。どこで車が止まっても、恐るべき精度にブレーキングをシンクロさせ、前後の車間距離30cmを一センチほどもぶれさせずに他のすべての車が一斉に止まるのである。魔法みたいだ。

 港からは水中翼船に乗って島に入る。水中翼船は思ったほどには揺れがなく、危惧していた船酔いもすることなく無事カプリ島に上陸することが出来た。

 カプリ島最大の目玉は、何と言っても青の洞窟である。
 この、宝石のような天然の芸術はそれはそれは美しく、イタリアに興味を持つものならぜひ一度は行くべきところであろう。
 水中翼船を降りたすぐ先に、青の洞窟行きのモーターボート乗り場があり、早速乗り込んで一路洞窟へと向かう。
 洞窟の前までは非常に快適な航行で、船酔いもまったくしなかったのだが、問題は洞窟の順番待ちである。
 朝一で乗り込んだにもかかわらず、洞窟の入り口には既に入場順番待ちのモーターボートが行列を作っている。
 結局30分くらいそこに停泊して待たされたのだが、船というものは停泊したら最後揺れの激しさは筆舌に尽くしがたく、たちまちのうちに私は船酔いしてしまった。
 ふと洞窟のほうを見上げると、山の上から階段が下りていて、そこにも入場順番待ちの行列が-しかし、地に足をつけて!-出来ているのが見える。どうしてあそこに並ばなかったのだろう、と心の底から後悔しながらひたすら耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、ようやく洞窟に入ることが出来た。

 美しい、あまりにも美しい、筆舌に尽くし難い幻想的な空間だった。
 あまりの美しさに、船酔いなど吹き飛んでしまった。
 これを見るためなら、船酔いなど何するものぞ。
 そのくらいの壮絶な美しさの洞窟であった。

 青の洞窟を抜け、元の港に帰る。
 美しさの余韻が抜けるとたちまち船酔いも戻ってきてしまったので(泣)、上陸後目の前のバールで一休みして船酔いが落ち着くのを待ち、"フニコラーレ"(ケーブルカー)に乗って山の上の市街地に入る。
 カプリ島は絶海の孤島という言葉にまさにふさわしい、切り立ったがけに囲まれた急峻な山の島で、港から市街地に入るにはフニコラーレに乗る必要がある。

 カプリ市街は、非常に狭い道が複雑に入り組んだ地形をしていて、散歩心を非常にくすぐってくれる。
 私のもうひとつのお目当ては、私のハンドルネームの由来となった第二代ローマ皇帝ティベリウス帝が晩年を過ごしたという宮殿の遺跡「ヴィラ・ヨヴィス(「ジュピターの別荘」の意)」である。
 これは、ティベリウス帝の人間嫌いを反映して、絶海の孤島の切り立ったがけの上の頂上に築かれているため、そこに行くには急な坂道を延々と登ってゆかねばならない。標高は450mを超えるのだそうで、フニコラーレの駅から徒歩でたっぷり一時間はかかるところにある。

 しかし、一時間の散歩はカプリ特有の入り組んだ地形の鑑賞に最適で、狭い路地の入り組んだ私の好きな雰囲気をたっぷり味わうことが出来たし、さらに標高が上がって人家もまばらになるあたりからは、風光明媚という言葉の本当の意味はこういうことだったのだ、という感じの美しい自然の風景がたっぷりと味わえる、素晴らしい散歩コースである。楽しみながら歩いていると、気づいたらもう頂上か、といった感じであった。

 ヴィラ・ヨヴィスは本当にティベリウス帝の人間嫌いを象徴するかのような、「他人を寄せ付けない」「内にこもる」という雰囲気を強烈に漂わせる遺跡であった。持ち主の性格がここまではっきり現れる建築も珍しいのではないか、と、そんな思いを抱かずにいられなかった。

 ヴィラ・ヨヴィスの鑑賞を終えると、市街に戻って昼食である。
 特に調べていなかったので、街中にあった店に適当に入った。
 せっかくカプリに来たのだから、インサラータ・カプレーゼ(モッツァレラ・トマトのこと。「カプリ風サラダ」の意。)は食べなくては、と思っていたので注文したのだが、使っているモッツァレラチーズがいまいちで(ナポリであれほど巧いモッツァレッラを食べてしまったら、比較は残酷というものかもしれない)、残念ながらさすが本場と感動するにはいたらなかった。
 しかし、一緒に頼んだカプリ名物らしいうにクリームスパゲッティは大変美味であった。

 昼食を終えると、市内をもう少し散歩した後、また水中翼船でナポリに戻る。
 長い上り坂を歩き続けたせいで非常に疲れていたため、座ってまもなく強烈な眠気がやってきて、気づいたらナポリの港についていた、という具合で、まったく船酔いと無縁で帰ることが出来た。

 ナポリに戻った私は、まず卵城を訪れた。
 「ナポリを見て死ね」ということわざが見ることを要求する「ナポリ」というのは、厳密には卵上からサンタルチア湾を望む風景をさすそうで、あす死んでも後悔しない生き方をしたいと常々願っている私としては、これを見逃すわけには行かない。
 卵城に上り、最上階からサンタ・ルチア方面を眺めやると、本当に美しい光景で、かなたに臨むヴェスヴィオ火山を背景に海に港という自然の美しさと、活気あふれる町並みの魅力が溶け合う、確かにこれを見ずに死ぬのはもったいない、という説得力にあふれていた。

 卵城の後は王城を訪れ、その後市内を散策して本場のナポリピッツァを食す。
 本場のピッツァ・マルゲリータは本当に薄くぱりぱりと焼き上げられており、絶品のモッツァレラ・ブッファラがとろりととろけ、酸味と甘味、うまみとコクの力強いトマトソースにバジルのさわやかな香りが乗ってこの上なく美味だった。ナポリは美味い物にあふれている。

 ピッツァを平らげた後、ホテルに預けた荷物を取りに戻り、電車に乗って再びローマへ戻る。
 ピッツァのおかげで中途半端な空腹だったので、夕食は駅中のターヴォラ・カルダで軽く済ませ、ホテルにチェックインしてその日は早めに眠った。(続く)
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