趣味の迷宮 ~LABYRINTHVS AD PARNASSVM~

作者Tiberius Felixの迷宮的な趣味に関する雑記帳。 主に音楽、映画、読書、語学、グルメなどの感想・論評を中心に、興味の赴くまま無秩序に迷宮的に書き綴っていくつもりです。

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フィレンツェ、美の真髄~迷宮的旅行記第三章(2)

 予約をしておいたおかげでさして並ぶこともなくフィレンツェルネサンス芸術の粋を集めたこの美術館に入ることができた。

 この美術館は、ウフィッツィ、つまりイタリア語でオフィスを意味するその名の通り、その昔フィレンツェの政庁のオフィスだった建物を美術館にしたものである。そのため、コの字型の回廊があって、その周囲を部屋が囲んでいて、その中に数々の作品が展示されているのだが、回廊自体が多くの彫刻と肖像画で飾られていて、まずはこの回廊をぐるっと見回すのも面白い。

 回廊のテーマは、古今東西の王侯貴族の肖像画のようで、等間隔にカエサルからアウグストゥス、ティベリウス…といった具合に古代ローマ皇帝の彫刻とその妻の彫刻が並べられ、その周囲の壁面にはびっしりとさまざまな時代・さまざまな君主たちの夫婦の肖像画が飾られている。この肖像画を見ていると、時折、塩野七生のルネサンス著作に名前の出てくるイタリアの地方君主のほか、フランス王、ドイツ皇帝、トルコの皇帝、果てはトルコの後宮で絶大な権力を振るったと言うフランス出身のロクサーヌ皇太后(この人物も塩野氏のエッセイで触れられている)の肖像画などまであって、良くぞここまで王侯貴族の肖像画を集めたものだ、と感心してしまう。おそらくは共和政治から君主政治に移行する際のプロパガンダの一環だったのではないか。だとしたら、最初に共和制を巧妙に帝政に移したカエサル・アウグストゥスを持ってきて、我こそはこの2英雄に匹敵する事跡を成し遂げたメディチ家なり、とでも言う心境だったのかもしれない。残念ながら皇帝の彫像は軍人皇帝の混乱期を越えることができず、カラカラ帝で終わってしまっていたのだが、メディチ家もまた直系子孫は18世紀に耐えてしまう。(君主権を世襲できなかった傍系の子孫は今も続いていて、ワイン農園をいくつか経営しているらしい)。

 入り口の方に戻り、今度は部屋の中を一つ一つ見ていく。初期ルネサンスの重要作品がいくつも展示されているのを見ながら時代を下ってゆき、ついにボッティチェッリの間に到着する。

 ボッティチェッリの諸作品は本当に生命力にあふれており、かの有名な『ヴェーネレ(ヴィーナス)の誕生』『春』など、今にも画面から抜け出してきそうなほど生命力にあふれており、これぞルネサンス、と感心することしきりであった。

 たっぷり三時間近くウフィッツィ美術館を鑑賞した後、まだ時間があったので、ドゥオモ脇の洗礼堂を見学する。内部は美しいモザイクで飾られ、コンパクトでありながらも大変見ごたえのある建物であった。

 ここで、フィレンツェで見たいと思っていた施設がすべて終了する時間となったので、ホテルに帰り、食事に行くことにする。

 私はトリッパが大好きなので、ぜひともトリッパ・アラ・フィオレンティーナのある店でトリッパを食べる、と決意を固めていたのだが、ガイドブックのレストラン案内を見ていても、トリッパが確実にあるかどうかは判らない。そこで、とりあえず近い順に入り口のメニューを読んで回り、最初に見つけたところに入ることにしよう、とホテルを後にした。

 ガイドブックにある店を目指しつつ、途中にあるガイドブックに乗っていない店を含めて、メニューを読んでいくのだが、案外とトリッパを置いている店が少ない。庶民的家庭料理だから、地元民にしてみればわざわざレストランで食べるようなものではない、と言う感覚なのかもしれない。

 一つ一つの店のメニューを覗いては次へ、覗いては次へ、としているうちにだんだん駅のほうまで来てしまったのだが、ある店の前でふと足が止まった。

 入り口から見えるところに、大きな炭火グリルがすえつけてあり、そこで巨大な肉の固まり~そう、ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナを焼いているのである。

 私はその圧倒的な迫力に、トリッパへの思いはどこへやら、すっかりビステッカを食べるつもりで入っていった。そして出てきたビステッカを一口食べてみると……これが、とてつもない失敗作なのである。

 まず、何はさておき、焼きすぎである。ビステッカといえば表面はこんがりと焼きあがっても中は生のまま、ナイフで切れば"アル・サングェ"(血が滴る)と言うのが本来あるべきビステッカのはずである。

 しかし、この『ビステッカ』は、肉全体が、どこを切っても同じ色、いまどき日本でも見かけないようなカチカチのウェルダンに焼き固められてしまっている。生肉をこよなく愛する私には悲しみの限りだ。

 唯一の救いは、頼んだ赤ワインが美味かったことである。やはりフィレンツェはワインどころトスカーナ、一番安いハウスワインでも文句なしに美味い。

 初日の食事は、悲しいかな~まるで北隣の国で行われたサッカーの試合のごとく~、惨憺たる結果に終わってしまったのだった。思うに、これ見よがしな炭火グリルを見たときに、観光客寄せのパフォーマンスであることを見抜けなかった私の不覚である。

 翌日こそは美味いビステッカを食べてやろう、とリヴェンジを誓って私は眠りについたのだった。(続く)
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コメント

イタリアのレストランはハズレが少ないので、たまにひどいところに当たると尚更がっかりします。災難でしたね。

  • 2006/06/29(木) 10:27:26 |
  • URL |
  • gramophon #mQop/nM.
  • [ 編集]

そうなんですよ。イタリアの食材とイタリア人の味覚があれば、それをまずくすることのほうが難しいくらいではないかと思うのですが、ここはあまりにもひどかった(泣)

後日口直しは(既に口直し第一弾はもう書いてありますが)、たっぷりと書きます。

  • 2006/07/03(月) 22:17:23 |
  • URL |
  • Tiberius Felix #-
  • [ 編集]

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