趣味の迷宮 ~LABYRINTHVS AD PARNASSVM~

作者Tiberius Felixの迷宮的な趣味に関する雑記帳。 主に音楽、映画、読書、語学、グルメなどの感想・論評を中心に、興味の赴くまま無秩序に迷宮的に書き綴っていくつもりです。

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『落とせるもんなら、落としてみやがれ!』~迷宮的旅行記第三章(8)

 翌日はサンマリノへと向かった。
 この世界第五番目に小さい国、そして現存する世界最古の共和国は、フレンツェからはボローニャとリミニを経由して片道3時間半ほどである。
 リミニで乗り換えのバスを待っていると、日本語で明らかに日本人の男性に話しかけられた。チケット売り場を教えてくれと言う。隣国でW杯を開催中の今、あえてイタリアに、しかもあえてサンマリノに来ようという日本人が私以外にもいたことに親近感を覚え、これも何かの縁、とサンマリノを同行することになった。ロードムーヴィーみたいだ。

 バスの中で、数日振りに日本語での会話を楽しみ、約一時間でサンマリノの城壁の前のバスターミナルに到着する。男性はブルガリア国立ソフィア管で主席トランペット奏者を勤められていると言う方で、話題はかなり共有でき、意気投合することができた。

 まずは城壁の中に入り、道なりに坂道を登って市庁舎とドゥオモを見る。有名な衛兵交代も見る。いずれも国家の規模にふさわしくこぢんまりとしたものであったが、そこがまた味があるというものだ。

 町のあちこちに、町の標語なのであろう、『LIBERTAS』と刻まれている。ラテン語で『自由』を意味するこの標語は、長年独立を守り抜いてきた町の信念そのもの、と言う感じがして、同じ目にするにしてもやはり重みが違う。特に印象的だったのは、ドゥオモの主祭壇の真ん中には町の守護聖人聖マリヌス(イタリア語でサン・マリノ)の像が掲げられ、そこにもLIBERTASと刻まれていたことだ。この位置に刻んでおけば、ミサの儀式の中の聖体奉挙の際、おのずから参列している信者=市民たちの視線はこの標語に集まる。この国がローマ皇帝の迫害を避けたキリスト教徒が隠れ住んだのを建国の由来とする一種の宗教国家であることを考えれば、これはきっと信心深いであろう市民たちの国防意識、独立への信念を培うにはさぞや効果的であったことだろう。

 昼食をいかにも観光地の観光客向けの食堂で済ませ(味は悪くないが、やはり割高だ)さらに坂を上って城壁と防衛拠点の塔に上ってみる。

 ……これは攻め落とせない。ずっと独立を保てるはずである。切り立った断崖絶壁の頂上に堅固な城壁と防衛塔を築き上げ~往時のローマ帝国の北の国境の防衛線リメス・ゲルマニクスもこのようであったのかもしれない~都市そのものが要塞のようである。『落とせるもんなら、落としてみやがれ!』と町が主張しているようである。……まあ、地理的には辺鄙な山奥で交通の要衝というわけでもなく、何か重要な資源が出てくるわけでもないので、他国にしてみれば苦労してまで攻め落とすメリットがない、という最も最高の国防条件が備わっていると言うこともきわめて大きいのだろうが。

 サンマリノの主要な観光スポットを見終えて、土産物屋でサンマリノの歴史に関する日本語パンフレットとサンマリノ発行の50ユーロセントコイン(独自の図案だ)を購入して帰路に着く。

 サンマリノからリミニに戻ってきた後、せっかくなのでこの町出身のフェリーニを記念したフェリーニ博物館に行ってみる。民家の片隅を回想したような、ごく小規模の記念館で、何枚かのパネルが展示され、モニターにフェリーニ作品が流れ、お土産を売っているだけの施設なのだが、やはりファンとしては生誕の地で記念品を買ってかえりたいというミーハー心を捨てられないものである。この町で買うにもっともふさわしい、故郷のこの町を舞台にした自叙伝的作品『アマルコルド』の絵葉書を買い、ボローニャ行きの電車に乗り込んだ。

 帰りの電車でも同行のトランペッター氏との会話は弾んだ。
やがて電車がフォルリにつくと、カテリーナ・スフォルツァゆかりのこの地に降り立ってみたいと思っていた私が途中下車することにしたため、ここで分かれた。

 フォルリの駅を降りると、そこにはごく現代的な町並みが広がっていて、カテリーナ・スフォルツァ時代の街の雰囲気は感じられない。地球の歩き方にもこの町は乗っていない上、駅に案内地図もないようなので、とりあえず道に迷わぬよう役を背にして一切曲がらずひたすらまっすぐ歩いてみるが、大きな教会と大きな公園が見つかっただけで、カテリーナが立てこもった要塞にたどり着くことはできなかった。帰国後に別の本を見てみたところ、フォルリの要塞はかなり町外れにあり、徒歩でたどり着くのは厳しい距離だったようだ。次の機会には、かのイタリア有数の女傑の要塞を見に行きたいと思う。

 再び電車に乗り込んでボローニャについたところで、外はまったく明るいもののすでに時間は9時近く、レストランが空いている時間中にフィレンツェに戻るのは絶望的であったので、あきらめてボローニャ駅の中の切り売りピッツァを一枚購入して空腹を満たし、フィレンツェに戻ってその日はホテルに帰った。ところが、予想だにしない出来事がシャワーを浴びてベッドに入ったとき、起こったのである。

 ベッドで昼間買ったサンマリノのパンフレットを読んでいたところで、突然私は吹き出してしまった。とんでもない翻訳ミスが~いや、誤植というべきであろうか~があったのである。

 イタリア人の誤訳と言うと、今は削除されてしまったかの有名な『ローマで最高の三流ホテル』(三ツ星ホテルのつもりだったのだろう)が有名だが、サンマリノ人のそれはそれをさらに超えていた。

 『ナポレオンはこの古い共和国に敬意を表するために大使を派遣し』と書きたかったのであろう。しかし、そこにあるべき『使』の文字の代わりにそこに書かれていたのは、あろうことか、『便』という文字だったのである(!)
 敬意を表するために派遣されてきたものが大便……(苦笑)

 語学恐るべし!!
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