趣味の迷宮 ~LABYRINTHVS AD PARNASSVM~

作者Tiberius Felixの迷宮的な趣味に関する雑記帳。 主に音楽、映画、読書、語学、グルメなどの感想・論評を中心に、興味の赴くまま無秩序に迷宮的に書き綴っていくつもりです。

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ヴェネツィアに寄り道~迷宮的旅行記第三章(14)

 翌日はフェラーラに移動なのだが、フェラーラの延長線上には、列車で一時間もかからない距離にヴェネツィアがそびえている。

 以前、ヴェネツィアを訪れたことはあり~しかも、たっぷり3日間かけてじっくり味わってきた~自分の足で町を隅々まで歩き回ってかなりがっつりとこの迷宮的海上都市を堪能してきたのだが、いかんせん季節が2月で、ヴェネツィアの空は終始重苦しい曇天に覆われており、町中にどこかすすけた印象を残してしまった。ヴェネツィアには、夏のイタリアの青空の下で行かなければ、と強く思ってこの世界有数の観光都市を後にしたものである。

 と言うわけで、パルマ歌劇場でのリヴェンジを果たした勢いに乗って、ヴェネツィアに足を伸ばして、青空の下のヴェネツィアを味わおうと画策したのだった。

 例によって朝は早めにホテルを出て、ギリギリセーフでチケットを確保したES*に乗り込み、パルマから一路ヴェネツィアを目指す。

 サンタルチア駅でスーツケースを預けた後待ちに出ると、やはり海上都市だけあって湿度は高い。海のど真ん中であるだけに、海にはただ面しているだけのジェノヴァをさらに上回るじめじめぶりであった。

 とはいえ、やはり青空の下の大運河は壮観だ。
 サンタルチア駅から五分ほど足を伸ばして水上バスの始発に乗り込み、一路サンマルコ広場まで遊覧航行としゃれ込む。

 サンマルコ広場からリアルト橋を渡って対岸を突っ切り、ヴェネツィアで有数の老舗のバカリ(ヴェネツィア名物の立ち飲みワインバー)で軽めの昼食を取る。海の都だけあって、ゲソのマリネや白身魚のフライ、バジリコ風味のボンゴレの白ワイン蒸しなど、ちょっとしたシーフードのつまみが大変美味しく、ヴェネトの白ワインとの相性が抜群である。二杯目はマルヴァジアを張り込み、店員さんお勧めのカルチョーフィ(=アーティチョーク)の煮物(これがオリーヴオイル風味が聴いていて大変美味)を堪能して店を後にした。

 もと来た道を引き返していく途中、屋台で果物を売っていて、日本ではあまり食べる機会のない黒スグリ(カシス)を売ってていたのを見かけ、これをデザートに買ってみる。酒になったものは居酒屋でなじみがあっても、酒になる前の果物を食べる機会は日本ではほとんどなく、私も果物として食べるのは今回が初めてだ。酸味の利いた中に、カシスリキュールでおなじみのあの甘みが加わり、なかなか貴重な味覚体験だ。残念ながらこの日私は白いシャツを着ていたため、うっかり汁を飛ばしてシャツを汚してしまったのが残念だったが(苦笑)。

 黒スグリを食べながらリアルト橋を渡り、再びサンマルコ広場に戻ってくる。せっかくなので、前回の訪問で味を占めたカフェ・フローリアンでホットチョコレートを飲み、ハリーズ・バーでベッリーニを飲んで、また遊覧航行をかねてリド島までヴァポレットに乗り、折り返し始発に乗って大運河を堪能する。

 サンマルコ広場を過ぎ、リアルト橋をくぐり抜けるあたりまでは、夏の青空の下のヴェネツィアは文句なしに美しい。しかし。カ・ドーロやカ・ペーザロのあたりに来ると、残念ながら外壁のすすけた建物や、玄関口の階段に藻がびっしり生えたまま放置された建物などが目立ち始めてしまう。かつて繁栄し、今は衰退した町の悲哀をいやおうなしに感じさせられてしまう。

 ローマは、永遠の都としての活力を感じさせる。
 しかし、ヴェネツィアは、かつての繁栄の記憶とともに死に行く都のどこか悲しげな雰囲気を、どうしても感じてしまう。兵どもが夢の後。ヴェネツィアの生命は、共和国とともに1797年に失われてしまったのではないか。現在のヴェネツィアはまさに夢の後、なのかも知れない。

 アカデミア橋でヴァポレットを降り、フラーリ教会に足を伸ばして、ティッツィアーノの聖母被昇天をまた鑑賞する。都としては永遠にはなれないとしても、この作品の魅力は永遠だ。

 駅に戻り、電車に乗り込み、ヴェネツィアを後にする。コンパートメントで同席になった英国人の老夫婦と会話をする機会を得、ヴェネツィアの印象などについて話し合ったのだが、60年代にもヴェネツィアを訪ねたと言うこのブリティッシュ・レディの発言が印象的だった。

 "I think, Venice is like an old woman, who was once very beautiful when she was young, but now, the beauty is fading."

海面上昇で沈みゆく、つまりは死に行くこの町は、まさに彼女の発言の通りであると言えるだろう。

 思えば『フェリーニのローマ』は生の作品であるのに対し、『ヴェニスに死す』はタナトスの作品であった。このあたりにも、町の性格は現れているのかもしれない。

 やがて列車はフェッラーラに到着した。(続く)
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コメント

英国の老婦人のお言葉、まさに"文学"ですね。

Tiberiusさんより1ヶ月前に訪ヴェネツィアを訪問した私が、気になったことがひとつ。
フラーリ聖堂内で終始バロック音楽のテープが流されていたのが、正直、絵画の鑑賞の邪魔にでした。
京都の竜安寺の石庭で、スピーカーからガーガーと流れてくるガイドに辟易した時とちょっと似た気分に陥りました…。
Tiberiusさんのいらした時は、流れてましたか?

  • 2006/07/22(土) 12:47:06 |
  • URL |
  • なつ #3ItBdoaY
  • [ 編集]

私のときもかかってました

私のときも、かかっていました。
二年前に訪れたときは、それこそ静寂の中で絵だけをじっくり鑑賞できたのに、今回は時代錯誤な音楽(ティッツィアーノは後期ルネサンスなのに、その200年後の音楽を、しかもヴェネツィアには縁もゆかりもない、聖母信仰を持たないプロテスタントのバッハの音楽を!)が正直邪魔でした。

  • 2006/07/22(土) 22:37:31 |
  • URL |
  • Tiberius Felix #-
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