趣味の迷宮 ~LABYRINTHVS AD PARNASSVM~

作者Tiberius Felixの迷宮的な趣味に関する雑記帳。 主に音楽、映画、読書、語学、グルメなどの感想・論評を中心に、興味の赴くまま無秩序に迷宮的に書き綴っていくつもりです。

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夕日にシンクロする音楽

 この前の日曜には散歩がてら桜木町の横浜市立図書館に歩いていき、国会図書館のコピーサービスでゲットした幻の稀覯本、一目均衡表真技能編を午後五時の閉館までじっくり読んだあと、再び徒歩で家に帰った。

 この時期の午後五時。それは私がこよなく愛して止まぬ茜色の空をたっぷりと味わえる夕暮れ時に他ならない。しかも折から季節は秋。夕暮れのもっとも似合う季節である。

 まっすぐ帰るならば旧東横線の高架ぞいにまっすぐ歩けば最短距離なのだが、これほどの美しい夕空の下であんな殺風景な道を歩くのは野暮というもの。というわけで、横浜で数図少ない、広い空を味わえる場所、そう、みなとみらいの埋立地を突っ切って帰ることにした。

 こんなこともあろうかとiPodを用意しておいたので、夕暮れの空にマッチしそうな音楽を適宜鑑賞しながら歩いた。

 まずは黄昏のメランコリーをそのまま音楽にしたかのような、ベートーヴェンの交響曲第七番第二楽章を。フルトヴェングラーの'42年も捨てがたいが、歩きながらというには少々重過ぎるので、ここはブリュッヘンの演奏を聴く。低弦のつぶやくような何ともいえない悲しげなリズムに、ささやくようなヴァイオリンの抑えた嘆きが重なり、やがて音数を増やしながらオーケストラはトッティで泣き叫ぶ。泣き疲れるまで泣き叫んだ後は不思議な安堵感がやってくる。まさにそのような、人間の心のひだをしっとりとなぞるかのような音楽が、徐々に色を濃くしていく夕空の雰囲気にこの上なくシンクロする。

 ついでふと頭をよぎったThe Highwaymanの
"And out of the tawny sunset
before the rise of the moon
and the road was a gypsy's ribbon
rooped upon the moor
the red coat troop came marching, marching, marching
the King George's men came marching, up to the old in yard"
という一節に連想して、The Highwaymanを。
 表現力あふれるアンディ・アーヴァインの演奏も捨てがたいが、夕空とのシンクロを考えるとむしろロリーナ・マッケニットのライヴ盤のほうが合うだろう。儚さを強く感じさせる秋の夕日を浴びながらThe HighwaymanとBess the landlord' daughterの儚い悲恋に思いをはせているうちにやがて茜色の空は色あせ、水平線の彼方にうっすらと面影を残すのみとなった。

 この雰囲気にはブラームスが似合う。チェロソナタの第一番も捨てがたいが、ここはクラリネット五重奏の第一楽章をチョイスした。ブラームスの音楽を聴くと私は『手に入らないものへのあきらめきらない憧れ』を強く感じるのだが、夕暮れがほぼ終わってしまった余韻の中で、あの美しい夕暮れを惜しむような雰囲気に彼の音楽はぴったりのような気がする。演奏は同時代楽器を用いたヴェランとシュタードラークァルテットによるもの。やはりこの雰囲気には、ガット弦の響きでなければ。

 聞き終える頃にはすっかり夜の帳が下り、もはや空は闇が覆っていた。最後のしめに、私はショパンのバラード第一番を選んだ。なぜ、といわれると説明が難しいのだが、そのときの心境が、この曲以外の選択肢を考えられないものとしていた、としか言いようがない。演奏はアレクセイ・リュビモフがショパン時代のエラールのオリジナルのフォルテピアノを用いたもので、エラールならではの繊細な音色が夕日の余韻を強めてくれる。

 ちょうどショパンを聞き終えた頃、家にたどり着いた。
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  • 2013/04/20(土) 21:19:21 |
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