趣味の迷宮 ~LABYRINTHVS AD PARNASSVM~

作者Tiberius Felixの迷宮的な趣味に関する雑記帳。 主に音楽、映画、読書、語学、グルメなどの感想・論評を中心に、興味の赴くまま無秩序に迷宮的に書き綴っていくつもりです。

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続々・哀愁のヴェネツィア~迷宮的旅行記第三章(4)

 翌日、私はカーニヴァルのヴェネツィアの町を散策する計画であった。

 しかし。

 予想に反して、どうも今ひとつ盛り上がりにかけるような気がする。サンマルコ広場周辺で、観光客向けにロココ調のーそう、観光客がカーニヴァルと聞いてイメージするカサノヴァの時代、ロココ調であるーコスプレをした人が何人か愛想を振りまき、目を楽しませる以外に、これといった盛り上がりは見られない。

 観光客向けのイヴェントは、そこそこある。
 この日の午前中、カーニヴァルのイヴェントとして、ヴィヴァルディの四季のーそう、ヴェネツィア出身のもっとも有名な作曲家のー演奏会があった。私は日本からネットで調べてこのイヴェントのことを知っていたので、言ってみた。
 教会で行われたこの演奏会は悪くはない演奏であったが、しかし通常のコンサートと大差ない。

 またこの夜、これまた観光客向けの、仮面着用によるディナーイヴェントがあった。これもまた私は日本からネットで知りえたので、ちょっと気恥ずかしい仮面着用も旅の恥はかき捨てとばかりに、大胆にも参加してみた。
 しかし、観光客向けのこととて、同席者は米国人。
 それなりの会話は楽しんだが、やはりカーニヴァルと聞いてイメージする高揚感とは程遠い。

 結局、このヴェネツィアという町は、かつての栄光に及ぶべくもない現状の中に生きるという重い運命を背負った哀愁の都なのではないか。私はそんな印象を感じた。

 もっともこの時期は、イタリアは曇天に覆われ、雨がちの憂鬱な時期である。もしかしたら、この哀愁に覆われた町の印象は、重苦しい曇天のせいなのかもしれない、とそのときの私は考え、夏の晴天のヴェネツィアをいつか再び訪れよう、と心に誓ったのである。

 ・・・その顛末がいかなるものであったかは、旅行記第三章を参照されたし。
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コメント

ふむ。私は'93のカーニヴァルの時に滞在していましたが、大変なカオスでした。ひょっとしてその頃がバブルだったんでしょうか?

地元っ子は、「カーニヴァル期間は、外に出ると酔っ払いがいるし、治安も悪くなる」としっかりアンチのようです。
要するに
>かつての栄光に及ぶべくもない現状の中に生きる
ということのようですね。

  • 2006/10/29(日) 18:17:58 |
  • URL |
  • なつ #3ItBdoaY
  • [ 編集]

なるほど。
私がヴェネツィアのカーニヴァル煮興味を持ったきっかけは、96年ごろに世界ふしぎ発見でみたことでした。
なつさんご滞在のその時期から96年ごろまでが、盛りだったのかもしれませんね。
あるいはまた、カーニヴァルにも盛りの時期とそうではない時期があるのか。
真相をつかむには、一ヶ月くらいは滞在してみないとダメでしょうね~。

  • 2006/10/30(月) 00:07:15 |
  • URL |
  • Tiberius Felix #-
  • [ 編集]

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