パルマはイタリア有数の食都として知られており、中でもこの町特産のプロシュート(生ハム)とパルミジャーノ(チーズ)で名高い。
あの美味しんぼでも単行本丸々一冊分この町の特集が組まれていて、山岡士郎と海原雄山がこの町の食材で対決するのであるが、その中でも格段の賞賛を受けていた食材が、クラテッロという生ハムの一種である。
通常の生ハムは豚の腿で作られるのだが、クラテッロは豚の臀部で作った特別の生ハムで、独特の香りと食感の豊かな最高級の生ハムである。イタリアでもエミリア・ロマーニャ地方に行かなければなかなかお目にかかれない幻の一品だ。
パルマに行ったらぜひともクラテッロを、と私は意気込んでいた。
さらに、そのマンガの中でパルマで最高のレストランと賞賛されるリストランテに、コッキという店がある。この店は地球の歩き方にも英語版lonly planetにさえも載っていない知る人ぞ知る名店で、数々の創意にあふれる美味を誇るのだと言う。作者の書いたエッセーに名前は紹介してあるものの、『絶対に場所や連絡先は教えない。自力で探し出す熱意のある人にだけ行って欲しい』と明記されていたので、俄然私も自力で探し出す熱意をかき立てられ、グーグルを駆使して探し出し、あらかじめ席を予約しておいた。
コッキは観光客があまり足を踏み入れない住宅街・ビジネス街に位置するので、観光客が宿を取る町の中心部からはそこそこ離れている。地図を頼りに延々とたどり着いた私は勇んでドアを開き、メニューをアラカルトで組み立てる。これに備えて、昼食は早い時間のパニーニ一切れに済ませて置き、昼間散々歩き回って十分におなかをすかせておいたので、アンティパスト、プリモピアット、セコンドピアット、そしてフォルマッジ(チーズ)にドルチェ(デザート)とフルコースで挑む。
まずはグラス売りのプロセッコ(イタリアのスパークリングワイン)でのどを潤して、アンティパストは当然にクラテッロ。ワインは店員さんのお勧めに従い、地元の名産の辛口ランブルスコ(赤の微発泡性ワイン)をハーフボトルで注文する。
クラテッロは美味い。じっくりと乾燥・熟成させてあるので最初の一口は固く歯ごたえを感じるのだが、ひと噛みふた噛みするとたちどころにとろけるように柔らかくなる。そのひと噛みごとに凝縮された力強い肉の旨味とコクが口の中を包み込み、濃厚な香りが鼻腔を満たす。噛み続けているとやがてクラテッロは自ら胃袋めがけて滑り出し、舌に、上あごに、食道になでるような滑らかな感触を残してするり、と喉を通り抜けていく。いかなる毒舌家の舌も、あの海原雄山の舌でさえも、クラテッロのひと撫での後では賞賛と感動の言葉以外を発することは出来まい。
クラテッロの風味がまた、ランブルスコの風味ととても相性が良い。やはり地元のワインは地元の食材のよきパートナーとなるように伝統が作られていくのだろう。
プリモピアットには、これまた地元の伝統的パスタ、トルテッリを注文する。ちょうどワンタンに近いイメージの、小麦粉の記事でひき肉の詰め物を包み、煮込んだパスタで、詰め物にもソースにもパルミジャーノ・レッジャーノが贅沢に使用されており、心のそこから満足だ。
セコンド・ピアットには、兎の腿肉の温製テリーヌを選んだ。兎の肉を味わうのは初めての経験だったのだが、食感は鶏肉を少し引き締めたような感じで(これを経験するとなぜ兎を「一羽、二羽」と数えるのかふと納得する)、この動物の持つ柔和なイメージとは裏腹に凝縮感のある力強いこくのある肉で、これまたランブルスコとの相性が抜群に良かった。
セコンドを平らげた後は、お楽しみのフォルマッジョである。当然、パルミジャーノ・レジャーノだ。やはり本場で食べるパルミジャーノ・レッジャーノは素晴らしい。日本でカットされてパック詰めされたものとは香りの力強さがまったく違う。この濃厚な香りをかげば、陶然とするよりほかはない。
パルミジャーノを味わいつくし、ランブルスコも最後の一滴を飲み干したところで、一緒に頼んでおいたサン・ペレグリーノで酔いを醒ます。
最後のデザートには、マディラ酒をふんだんに使ったザバイヨーネにエスプレッソだ。
食都パルマの最高の店、そこでのディナーはまさに至高であり、究極であった。
スポンサーサイト