趣味の迷宮 ~LABYRINTHVS AD PARNASSVM~

作者Tiberius Felixの迷宮的な趣味に関する雑記帳。 主に音楽、映画、読書、語学、グルメなどの感想・論評を中心に、興味の赴くまま無秩序に迷宮的に書き綴っていくつもりです。

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続々・マキァヴェッリストの京都はんなり強行軍~迷宮的旅行記第四章(3)

 アーノンクールのコンサートは、すさまじいまでの完成度であった。

 演目は『メサイア』だったのだが、最近出た彼のライヴ録音を聞いて、その表現の緻密さに大きな感銘を受けていたこともあって、もとより期待は大きかった。

 そして、その期待を大きく上回る素晴らしい演奏だったのである。

 まず、表現の緻密さが半端ではない。
 あらゆる音の一つ一つが、それぞれ重要な役割を担い、それらを有機的に統合して恐るべき繊細さをもって演奏が組み上げられていく。そして、そのつむぎだす表現が、これまた実に音楽の流れを巧みに取り込んでいるのである。あれほどの生演奏を耳にする機会は、そうそうあるものではない。

 はるばる京都まで来て、本当によかったと強く思った。

 かくなるうえは、彼が元気に活動しているうちに、はるばるウィーン間で行くしかあるまい!

 このコンサートの余韻覚めやらぬうちに、漫画喫茶にチェックインである(笑)。最近の漫画喫茶は12時間パックで2,500円、しかもシャワーも使えてアニメティグッズも充実、と、この手のニッチ需要に忠実にこたえてくれる。

 エスパー魔美を読みながらゆったりと眠りに付いた。

 翌朝は8時過ぎにチェックアウトした。
 眠れたとはいえ、所詮リクライニングチェアでのことなので、やはりぐっすりというわけには行かない。近くのコーヒーショップでクロワッサンとコーヒーの朝食を済ませ、リハビリがてら四条河原町から徒歩で二条城まで向かう。

 二条城は教科書の絵でおなじみ、大政奉還の舞台になった場所で、大政奉還を行ったまさにその広間も見ることが出来る。その広間は蝋人形で場面が再現されているのだが、実際の広さは絵で見るよりもつつましく感じられる。教科書の絵では、全国数百の藩の藩主を一堂に集めている観があり、千畳くらいはありそうな雰囲気であったが、実際の広間は77畳程度で、居合わせた大名の人数も蝋人形の数ではせいぜい20名といったところのようであった。

 二条城を後にした私は、今度は東寺へと向かった。ここは平安京造営のときに開闢されたという京都最古の寺であり、新幹線から見える立派な五重塔で私の興味を引いていたところである。

 いってみて知ったのだが、実はここの五重塔は普段は柵で囲われて近づけないようになっており、年に数週間程度、期間限定で後悔されるのだそうである。私が行った日はたまたまこの限定公開期間の最終日であった。ベルガモのドニゼッティ記念館やルッカのプッチーニ記念館で蓄積されていた運が、ここに来て放出されたようだ(笑)

 一通り東寺の観光を終えた後、私は京都駅の駅ビルに入っている伊勢丹の最上階に入っている和久傳という京料理の店に昼食をとりに出かけた。ある友人に、本格京料理を比較的手軽に味わえるとおすすめいただいた店である。彼女は食に関する経験が大変豊かで、造詣も深く、彼女のおすすめならば間違いないと安心して食べに行ったのだが、これまた話のとおりに大変良い店であった。
 
 まずはシマアジのお造り(京都では刺身とは言わない)とお猪口一杯の食前酒(きりりと冷やした冷酒)で始まる。まあ内陸都市京都のことであるからそれなりとならざるを得ないきらいはあるものの、つまに一工夫されており、酒との相性のよさもあいまっておいしく味わうことができた。

 次からがいよいよ京料理の本領発揮である。
 まず、濃厚な昆布出汁にみぞれ鍋風にたっぷりの大根おろしを加え、片栗粉ないしくず粉でとろみをつけた吸い地に濃厚な甘味とコクを誇る良質な豆腐を温めた椀が運ばれてくる。豆腐本来の甘味が濃厚なだしと大根おろしのさっぱり感が作り出す立体的なハーモニーに強められ、実に美味である。これがまた、青竹の筒に入れて供されるさわやかな香りの辛口の冷酒(食前酒として供されたものとは別の酒だ)との相性がよいのである。

 次に出てきたのは、えび芋を素揚げにし、薄味の出汁で炊いた(京都では煮るとは言わない)車えびを乗せてこれまた出汁でわずかに緩めた味噌だれをかけた料理である。えび芋の表面はパリッとしていて、中は山芋の類に特有のねっとり感と、やはり芋であるのだと実感させるホクホク感がちょうどよくバランスし、なんとも心地よい食感で、車えびのぷりぷり感とあいまって大変に心地よい。もちろん味のほうも、車えびの甘味と出汁のほんのりしたうまみ、芋の少しざらついた甘味、味噌の風味の組み合わせが大変巧くまとまっている。これまた、冷酒との相性は言うこと無し。

 お次は鴨のロースと水菜のおひたしである。
 今でこそポピュラーになった水菜だが、本来は今日野菜だったようで、その取扱の伝統はやはりさすがというべきである。
 水菜はかつお出汁を非常に強調した力強い出汁で炊かれ、よく冷やされている。これが、人かみ味するごとに野菜本来のさわやかな甘苦い味と炊き含められたかつお出汁の濃厚なうまみが渾然一体となってじゅわじゅわと口の中に溢れて来る。その合間に蒸して余計な脂を落とされた鴨肉の肉のうまみを堪能する。交互に野菜+出汁のうまみと肉のうまみを味わうことになるのである。冷酒が進むこと進むこと(笑)。

 食事の締めは、九条ねぎと湯葉の温かいそばである。
 そばは、東京風のしょうゆたっぷりの黒いつゆではなく、関西のうどんの出しに良く似た透明なつゆに入っている。このつゆは東京のそれと違って香りがほとんど無いので、温かい汁そばにもかかわらずまるで先っぽだけをつゆにつけたざるそばのようにそば本来の繊細な香りを良く味わうことが出来るのである。おそらくこの汁ではつめたいそばには巻けるであろうが、温かいそばならば最高の汁ではないかと思う。
 具に入っている九条ねぎのとろみ、甘味の豊かさと湯葉のうまみ、食感の快感もまた素晴らしかった。

 最後に水菓子としてとろとろに熟れた柿が供され、香ばしいほうじ茶でコース終了となった。

 いずれも、上品な薄味とか、素材の味とか、京料理について語られる美点を体現した、素敵な料理だった。

 心行くまで京都を味わった私は、満足して新幹線に乗り、横浜に戻った。
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