趣味の迷宮 ~LABYRINTHVS AD PARNASSVM~

作者Tiberius Felixの迷宮的な趣味に関する雑記帳。 主に音楽、映画、読書、語学、グルメなどの感想・論評を中心に、興味の赴くまま無秩序に迷宮的に書き綴っていくつもりです。

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たいへんよくできました~モーツァルトfp協奏曲全曲レヴュー(1)

 さて、モーツァルトfp協奏曲全曲レヴュー記第一弾である。
 いろいろ考えたのだが、好きな曲から書いていくと間違いなく挫折するのが目に見えているので(苦笑)、ここは番号順に淡々と進めていくことにさせていただく。

 なお、蛇足ながら協奏曲のジャンル名の表記について最初に一言書かせていただきたい。私の記事ではフォルテピアノ協奏曲と書いているが、厳密に考えると少々不適切な書き方ではある。というのは、モーツァルトの時代は鍵盤楽器はフォルテピアノの普及期であったとはいえ依然としてチェンバロやクラヴィコードも一般に広く使われていて、ちょうど今DVDハードディスクレコーダーとVHSヴィデオが混在しているような状況だったからである。事実、少年時代の作品はチェンバロが使われていたはずだというのが近時の音楽学上の通説だそうである。したがって、厳密には鍵盤楽器協奏曲とか、鍵盤楽器全般を示すクラヴィーアというドイツ語を使ったクラヴィーア協奏曲とかいった言葉を用いるのが正確なのだが、少なくとも主要作品はフォルテピアノのために書かれているので、作品全体に占める重要性に鑑み、あえてフォルテピアノ協奏曲という名称を使用させていただくこととする。

 前置きが長くなったが、第一弾としてまずは時系列に忠実に第一番から第四番、ケッヒェル番号で言うところのK.37,39,40,41について取り上げたい。

 これら四曲の作品は、モーツァルトが11歳のときに作曲の練習を兼ねて他人のクラヴィーアソナタを協奏曲に編曲したものである。もともとはウィーンへの演奏旅行の目玉商品として「あの天才時、今度は協奏曲を自ら編曲!!」という客寄せのために準備したものであったらしい。

 原曲は、一部未解明のものもあるが、ショーベルト(シューベルトじゃありません、念のため)やホナウアー、C.P.E.バッハなどの手になるいずれも当時人気のあった作品だったようで、確かに魅力的なメロディを聞かせてくれるチャーミングな作品だ。編曲も、さすがは天才少年モーツァルトだけあって、なかなかのセンスだが、とはいっても結局は本来鍵盤楽器一台で完結するように作曲された作品を無理やり協奏曲に編曲したものであるので、どうしても一種の過剰感というか、屋上屋を架すような印象がぬぐえない。

 とはいえ、栴檀は双葉より芳し、ではないが、確かにこれが順調に成長すればあの傑作の数々が生み出されるのだ、と思えるような天賦の才能の片鱗をうかがい知るには悪くない曲目であると思う。

 ソフロニツキの全集ではこの曲はVol.10に収められていて、彼女はチェンバロを使用している。曲が曲だけに同局以遠で個性を競い合うようなものではないのだが、いい感じに肩の力の抜けたゆったりした演奏で、悪くないと思う。

 この曲は編曲ものであるがゆえに、全集の一環でもなければ録音の機会にはまず恵まれず、全集であっても編曲ものだからという理由で省略されてしまうことも多いため、同曲異演はきわめて少ない。私の知る限り、同じくチェンバロを使用したレヴィンによるもの(もっとも彼の全集は現在中座中であるが)、あえてフォルテピアノを使用したビルソンによるものだけである。ビルソンはいつもながら強弱のコントラストを強く打ち出して劇的に演奏している。レヴィンはおとなしい感じで、傾向としてはソフロニツキの演奏に似ていると思う。

 まあ、いずれにせよこの作品は、ものすごくレベルの高い小学校六年生の夏休みの自由研究、といったところである。したがって感想も夏休みの宿題の評価的になるのだろう。

 「たいへんよくできました」のはんこならば押してあげよう、といったところである。
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