趣味の迷宮 ~LABYRINTHVS AD PARNASSVM~

作者Tiberius Felixの迷宮的な趣味に関する雑記帳。 主に音楽、映画、読書、語学、グルメなどの感想・論評を中心に、興味の赴くまま無秩序に迷宮的に書き綴っていくつもりです。

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やはり編曲は原曲が大事~モーツァルトフォルテピアノ協奏曲全曲レヴュー(2)

 お次は番外のK.107である。

 1~4番は、モーツァルトの研究が始まった当初、現況があることが知られておらず、モーツァルトの完全オリジナル作品だと信じられていたため番号がつけられたが、こちらは当初から原曲がよく知られており、編曲ものとわかっていたので番号がつけられなかったのだそうである。

 しかしながら、編曲のできばえの点においても、それ以上に原曲の魅力という点においても、こちらのほうにこそ番号が付されるべきであったと私は思う。

 この曲の原曲は、あのJ.C.バッハの末っ子の、J.C.バッハのフォルテピアノソナタで、さすがあのバッハ家の血筋だけ合って大変魅力的な作品なのである。この原曲は、1~4番の原曲とは異なり、CPOから出ているフォルテピアノの演奏で聴くことができる。実は私はそちらのCDのほうを先に聞いていて、かなり気に入っていたので、K.107を最初に聞いてお気に入りのメロディが流れてきたときには驚いた。

 このJ.C.バッハという人は、ロンドンで大変な名声を得ており、その作品は大陸でも好評を博していた。そしてモーツァルトも彼の作品を好んでいたのである。そんな事情でこの曲をモーツァルトは協奏曲に編曲したのだろう。

 やはり、最初の編曲から3年たち、14歳に成長しただけあって、編曲も一段と腕が上がっているのが感じられる。最初の4曲は、管楽器さえ付け加えて分厚い響きを作っていたのだが、元がソロのための作品でそれをやるとどうしてもやりすぎになってしまうので、今回はヴァイオリン2部にチェロ、コントラバスのみのシンプルな編成にしてある。

 J.C.バッハの原曲はギャラントリにあふれた大変魅力的なもので、モーツァルトの編曲はさらにそのギャラントリを優雅に増幅させることに成功している。

 ソフロニツキは、解説書に詳細が書かれてはいないが、音色から察するにおそらくドイツ式の固い響きのチェンバロを用い、ヴァイオリンが第一第二各4名、チェロ2名にコントラバス1名という小返送で演奏している。

 おそらくチェンバロもオケの編成も、当時のモーツァルトがもっとも頻繁に接していたものを再現していると思われる。演奏はこの楽器と編成に基づく引き締まったもので、端的に音楽の本質を描き出しているようで好感が持てる。惜しむらくは、私はあまり音色を好きになれないリュートストップを少々多用しているように感じられることくらいである。

 原曲の魅力のおかげか、この曲は同曲異演にも恵まれているようで、私が知っているだけでもビルソンによるもの、アンタイによるもの、ロンドン・バロックによるものと3種類はあるようだ。

 アンタイの演奏は、フランス式チェンバロを用い、弦は各パート一人ずつという室内楽編成によっている。フランスのチェンバロならではの香り立つような優雅な響きがこの曲のギャラントリに大変相性がよく、私は結構気に入っている。

 ビルソンの演奏は、チェンバロではなくフォルテピアノを用い、オケの人数も多めだ。こちらはモーツァルトの当時の環境よりも、原曲を書いたJ.C.バッハの当時の環境を意識した編成といえるだろう。しかし、この原曲は確実にフォルテピアノを意識してかかれたものであるため、実際に耳にしてみるともっともこの曲本来の魅力を引き出している演奏は、実はこの演奏ではないかと思うほどうまくマッチしている。

 編曲かオリジナルかはともかく、この作品が非常に魅力的な作品であることには間違いないのである。
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