趣味の迷宮 ~LABYRINTHVS AD PARNASSVM~

作者Tiberius Felixの迷宮的な趣味に関する雑記帳。 主に音楽、映画、読書、語学、グルメなどの感想・論評を中心に、興味の赴くまま無秩序に迷宮的に書き綴っていくつもりです。

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絢爛豪華音絵巻~モーツァルトフォルテピアノ協奏曲全曲レヴュー(20)

 第22番変ホ長調、K.482。

 絢爛豪華という言葉が非常にぴったりと合う、大規模な作品である。

 第一楽章は力強いオケのトゥッティで始まり、ホルンの豊かな響きが合いの手を入れる。フォルテピアノのソロも輝くばかりにきらめき、絶妙の木管楽器のソロとの充実した対話が繰り広げられる。
 第二楽章はハ短調によるアンダンテの変奏曲で、悲壮感を演出するとされるこの調整の下、フォルテピアノが嘆きの歌を歌い上げ、管楽器の音色を生かしたオケが絶妙の伴奏を寄り添うように奏でてゆく。この楽章の表現の豊かさは圧巻で、モーツァルトが自ら初演した際はこの楽章にいたく感動した聴衆の求めに応じて、当時としてはきわめて異例ながらこの短調の緩除楽章を再度演奏したという。
 第三楽章はくつろいだ表情のロンドで、これまた木管楽器の音色が大変豊かで、いかにも絢爛豪華な雰囲気をかもし出している。中間部でゆったりしたテンポのメヌエットが挿入されるのが耳を引く。

 ソフロニツキの演奏は、速めのテンポで絢爛豪華さを前面に押し出した第一楽章、遅めのテンポでたっぷりと嘆きの歌を歌い上げる第二楽章、再び速めのテンポで勢いよく、しかし中間部ではゆったり目のテンポでメヌエットの優雅さを強調している。

 第二楽章の演奏は特に充実している。冒頭の主題を奏でる弦楽に弱音器を用いさせ、そこに加わるフォルテピアノにもモデレーター(フォルテピアノ特有の装置で、ハンマーと弦の間に絹の布を挟みこむことによってやわらかく少し霞がかったような幻想的な音色を作り出す装置)をもちいて、息を呑むような繊細な弱音表現を繰り広げる。その後も、特に弱音の表現の幅が大変豊かで、非常に味わい深い演奏である。

 同曲異演は、これだけ充実した作品にもかかわらず少ない。
 おなじみ3人(ビルソン、レヴィン、インマゼール)の演奏があるだけである。

 ビルソンの演奏は、いつもながらの繊細なフォルテピアノに、ところどころ激しいフォルテを挿入し、コントラスト豊かな演奏を繰り広げている。
 第二楽章では比較的速めのテンポをとり、低音を強めに響かせている。これが、悲壮感を際立たせ、嘆きが今そこに緊迫した形で嘆かれている雰囲気をかもし出している。

 レヴィンの演奏はビルソンに似た傾向だが、こちらは比較的からっとしたさっぱり系の演奏で、ビルソンのようなウェットさはあまりない。
 第一楽章・第三楽章はまさにこの方向性が良い形で生かされており、この作品の絢爛豪華さがよく現れていると思う。
 第二楽章は、彼の場合は嘆きそのものというよりも、自分がどれだけ嘆いているかを冷静に論理的に解説しているかのような雰囲気が漂う。これはこれで、そのレトリックの雄弁さゆえにまた違った面白さが生み出されている。

 インマゼールの演奏は、オケとの一体感の点で非常に優れている。オケの音色とフォルテピアノの音色が見事に溶け合い、大変充実した歌を聞かせてくれる。特に第二楽章のソフロニツキ以上にゆったりしたテンポでのけれん味たっぷりの歌い方は、非常に心地よいものがある。

 知名度は20番に比べるといまいちなのだが、短調作品をもてはやすならばもっとこの作品の第二楽章のすばらしさが世に知られていても良いのではなかろうか。
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