趣味の迷宮 ~LABYRINTHVS AD PARNASSVM~

作者Tiberius Felixの迷宮的な趣味に関する雑記帳。 主に音楽、映画、読書、語学、グルメなどの感想・論評を中心に、興味の赴くまま無秩序に迷宮的に書き綴っていくつもりです。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

マリー・アントワネット

 先日、はらださんと桜木町のワールドポーターズで飲み、レイトショーでマリー・アントワネットを観てきた。

 この映画、非常に緻密に時代考証をしており、ディティールのリアルさを徹底的に作りこんでいる。

 しかし、それでいながら、本質的なところでは確信犯的にそれを崩し、現代アメリカの女の子の感覚で作り上げられているのである。

 ヴェルサイユ宮殿でロケした映像はまさに当時そのものという感じで、登場人物のファッションもまさにブーシェやフラゴナールの絵画から抜け出てきたよう、使われているBGMなども、時代の変遷にあわせて様式が忠実に変化しており、古楽マニアの私としてもつくづく感心せざるを得なかった。
 ルイ15世の存命中の音楽が、ルイ14世以降それほどスタイルに変化のない伝統的フランスバロックであるのもリアルであり、ルイ16世の治世前半で初期古典派的音楽が流れ始めつつも、マリー・アントワネットが鑑賞するオペラは羅モーのスタイルそのものだったり、革命前夜のころにはすっかりウィーン古典派風の音楽になっていたり、という具合だ。

 その一方で、登場人物の内面描写は徹底的に現代アメリカ人の感覚で描かれている。

 マリー・アントワネットがおそらくソフィア・コッポラを投影した、現代アメリカの若い女性の感覚そのものであるのはもちろん、ルイ15世はウォール街の好色なCEOといった雰囲気であるし、ルイ16世は内気でオタクなアメリカ青年といった雰囲気である。フェルゼン伯爵も典型的なハリウッドのモテキャラといったにおいが濃厚だ。

 BGMも、実際に描かれている場面で流れていた音楽は上記のとおり、徹底的に歴史的に忠実な音楽であるのに対し、登場人物の心理描写として使用される音楽は一貫して現代のポップス・ロックで通されている。

 ソフィア・コッポラは、マリー・アントワネットを描こうとしてこの映画を撮ったのではなく、マリー・アントワネットを通じて彼女のファンタジアを描こうとした、ということは、インタヴューなどで本人も語るところであるが、まさにこの作品はファンタジアの作品であるといえるだろう。その意味では、カサノヴァを通して自らのファンタジアを描いたフェリーニに近いものがあるのかもしれない。

 いずれにせよ、なかなかに見ごたえのある映画である。
 映像の美しさを考えると、公開中にスクリーンで鑑賞したい作品である。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://tiberiifelicis.blog10.fc2.com/tb.php/277-6e324993
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。