趣味の迷宮 ~LABYRINTHVS AD PARNASSVM~

作者Tiberius Felixの迷宮的な趣味に関する雑記帳。 主に音楽、映画、読書、語学、グルメなどの感想・論評を中心に、興味の赴くまま無秩序に迷宮的に書き綴っていくつもりです。

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絶品の声~迷宮的旅行記第5章(2)

 ザンクト・ファイト・アン・デア・グランは、オーストリア南部、イタリア国境に近いケルンテン州の町で、ウィーンからは電車で4時間の長旅である。

 距離にすれば200キロ弱で普通に行けば2時間半もあれば着きそうなのだが、オーストリアは山国で、アルプス北側の山麓を縫うように線路が走っており、稜線に沿って細かいカーヴをくねくねと進むようになっており、結果的に平均時速は40~60キロ程度となる。それゆえ、かなりの超時間移動となるのである。

 しかし、車窓から眺めるオーストリア・アルプスの眺めは非常に素晴らしく、なかなかの見ものではあった。とはいえ、いくら素晴らしい景色でも4時間は長かったが(苦笑)。

 はるばるこの町に来た目的は、すべてこの夜のマルコ・ビースリー率いるアッコルドーネのコンサートに他ならない。私が声の好きな歌手のダントツ筆頭に挙げるこの歌手の歌声を、生で味わえるのだ、四時間の距離など何するものぞである。

 ちょっと早めに町に着いたので、少々街歩きを。コンパクトにまとまった小さな町で、整然とした町並みはゲルマン的な秩序感覚をいかんなく発揮している。取り立てて古いというわけではないが、伝統的な街並みの風景で、オーストリアの日常を垣間見るようである。南方にはアルプスの山ろくを望み、風光明媚。とはいえ、地球の歩き方にも載っていないような小さな町であるため、特段の観光地があるわけでもなく、中心地域を三十分程度で一回りするともう見るべきものはなさそうであった。

 コンサートまではだいぶ時間があったので、可能であれば腹ごしらえでもしようかと、会場周辺を物色するが、どうも食事の出来そうな店はなさそうである。とりあえず向かいにあった店で隣町フィラッハで作っている地ビールを味わいながら開場を待つことにした。

 この地ビールは、ドイツ系の土地にしては珍しい、赤みを帯びたエールに近い濃厚なビールであった。ドイツでは中世末期に出されたビール純粋令が現在も生きていて、麦芽、ホップ、水だけで作るいわゆるドイツビール以外の生産が禁じられているのだそうだが、オーストリアにはそのような法令はないようだ。甘みの比較的強い濃厚なコクのそれは、酒なのに腹を満たすというビールの特性をいかんなく発揮し、ちょっとした食事代わりの役割を通常のビール以上に果たしてくれた。

 いよいよコンサートが始まる。
 マルコ・ビースリーの声はまさに繊細そのもので、録音で聴いてさえもあれほど繊細緻密であっただけに、生の歌声の表情の豊かさ、ニュアンスの豊かさは本当に芳醇で艶やか、滑らか、まさにジェラートのような~否、この温かみに満ちた声は冷たいジェラートというよりも滑らかなカスタードクリームのようであった。

 16世紀ナポリの音楽を取り上げたこのコンサートは、ナポリらしい元気の良さ、感情の豊かさにあふれ、アンコールに歌われた十八番中の十八番、”グァラッチーノの歌”もノリノリで、本当に素晴らしいコンサートだった。

 最後の最後にチェンバロとのデュエットで O sole mio を、スローテンポとピアニッシモを駆使した繊細な表現でしっとりと歌い上げていたのだが、これがむしろ太陽というよりもさやかな月光を思わせるような、優美さと憂いをたたえた、太陽を目前にたたえるというよりも、太陽の不在を憂い、私の太陽よ、どうか姿を見せてくれ、とでも願うような演奏で、非常に印象的であった。あの有名なカンツォーネがこのような響き方をするとは、改めて感激してしまう。

 この素晴らしい歌のおかげですっかりおなかいっぱいになったので、覚悟していたとおり町中に空いている飲食店が一軒もなく夕食はとれなくとも、全く満ち足りた心境で私は眠りについたのだった。(続く)
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