趣味の迷宮 ~LABYRINTHVS AD PARNASSVM~

作者Tiberius Felixの迷宮的な趣味に関する雑記帳。 主に音楽、映画、読書、語学、グルメなどの感想・論評を中心に、興味の赴くまま無秩序に迷宮的に書き綴っていくつもりです。

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歩け、歩け、再びウィーン~迷宮的旅行記第5章(4)

 翌朝、ザルツブルクから再びウィーンへ戻る。
 今度は2時間半。……何にしても、長い。

 ウィーンにつき、例によってホテルに荷物を置いていくと、私は名高いシェーンブルン宮殿に向かった。

 その途中、名物のヴィーナーシュニッツェル(叩いて薄く伸ばした子牛のカツレツ)を食する。量が多いと予想していたので朝は控えめにしておいたので十分に空腹で、そのおかげか写真の通りの物量を最後までおいしく完食した。もっとも、面積は確かに広いが何分薄いので、体積は大き目のトンカツとそうは変わらないのかもしれないが。
シュニッツェル


 一緒にこれまたオーストリア名物、シロワインノゲシュプリヒター(白ワインの炭酸ミネラルウォーター割り)を飲む。シュニッツェルの脂っこい味にすっきりさわやかな風味がなんとも相性が良い。外の暑さも相まって、とても美味しく感じられた。

 優美なバロック建築として名高いシェーンブルン宮殿であるが、中は意外と近代を感じさせる内装であった。それもそのはずで、つい90年前までここで皇帝が近代的な生活を送っていたのだから当然といえば当然である。

 とはいえ、すべてがビーダーマイヤー様式に改装されてしまったわけではなく、やはりマリア・テレジア時代の優美なロココ調やシノワズリの部屋も残されており、なかなか見ごたえのある宮殿であった。

 一通り宮殿を見て回った後、宮殿の片隅の「王室ベーカリー」の跡を利用したカフェがアップフェルシュトゥルーンデルの実演ショーをやっていた。アップフェルシュトゥルーンデルというのはオーストリアの伝統的なケーキの一種で、パイ生地を紙のように薄く伸ばしたものでアップルとレーズンのシロップ煮をその薄い生地で包んで焼き上げたものである。
 味見サンプル付きで、慣れた手つきでの見事な手技に喝采しているうちにオーヴンに入れる段階まで完成。あとは料理番組でお馴染み、「そして焼きあがったものがこちらです」、というわけである。
 サンプルは、中身の香り豊かで程よく甘酸っぱいリンゴとレーズンに、表面のパリッとした焼き皮の組み合わせがとてもよく、非常においしかった。というわけで上のカフェでたっぷりと(本当にたっぷりした量だった)アップフェルシュトゥルーンデルを味わい、ちょっと重くなった胃袋を抱えて腹ごなしの散歩ということになった。

 ヴェルサイユ宮殿でも宮殿の裏側には美しい庭園を造営するのがバロック式の建築というわけなのだろう。しかし、平地の多いフランスの中で、沼地を埋め立てて一面の平地を作り出し、そこに建てられたヴェルサイユと、平地などほとんど見当たらない山国オーストリアでは、同じ庭園でもわけが違う。庭園は大きな小高い丘を丸々抱きかかえ、丘の斜面を利用して作られていたのである。

 同じ庭園散策でも、こちらはちょっとした山登りという感じで、ヴェルサイユの3倍は疲れた気がする。しかし、自然の丘の上に作られているせいか、そこかしこに野生のリスがちょろちょろしていて、とても微笑ましい。

 丘のてっぺんの戦没者を称える凱旋門風展望台の中のカフェでアインシュペーナー(いわゆる「ウィンナーコーヒー」で、エスプレッソの上に生クリームがのせてある)を飲み、疲れを癒してまた歩く。

 庭園を進んでいくと巨大な木がたくさん生えたエリアにたどり着き、日影が多くなる。ヨーロッパの夏は、決して涼しくはなく、日向を歩いていると大汗をかくことは免れないが、しかし日本と違って空気が乾燥しているため、日影に入るとうそのように涼しい。少し日影で休憩してあたりを見ていると、一種異様な木があった。日本でいえば柳の木のような、長い髪の毛のような柔らかい枝をふさふさと茂らせた木なのであるが、その枝は地面に届き、あたかも全身を覆うマントのようである。あれはいったい何という木なのだろうか。

 その近くには、最近修復された日本庭園があった。わざわざ日本から専門家を呼んで修復してもらったのだそうで、確かに本格的な日本庭園なのだが、どことなく雰囲気が浮いている感じで面白い。

 一通り宮殿を見終えると、今度は有名な金のシュトラウス像のあるウィーン市立公園へ。
 この公園は水と緑がとても豊かで、とても美しい声で歌う鳥がたくさんいるようだ。鳥のさえずりが合唱のようで、音楽の都にすむ鳥は歌う歌も一声違うのかもしれない。

 金のシュトラウスのほかにも、この公園にはシューベルト、ブルックナー、レハールの石像があり、他にも作家や科学者など、ウィーンゆかりの文化人をたたえた石像がたくさんある。こういう環境だったからこそ、石像を食事に招いたり、その石像に地獄に連れ去られたりするオペラが作曲されるのだろうか(笑)。

 別格扱いなのか、モーツァルトとベートーヴェンはそれぞれの銅像/石像のための専門の公園を持っているので、ついでにそちらへも足を延ばす。次第に日は傾き、空の色は赤みを帯びてきたが、それでも一向に日は沈まない。さすが夏至前々日の高緯度地帯の夜は違う。

 今日は最後に、美しく青きドナウ川でも眺めて帰ろう。そう思った私はドナウ川の中州まで地下鉄に乗り、岸辺を少々散歩した。この、美しく青きドナウというのはもともとは一種の皮肉で、地元ウィーン人には現代東京人にとっての隅田川、あるいは現代大阪人にとっての淀川のような、決してきれいな川という印象のないドナウ川の「美しく」「青い」流れのように、いい世の中ですなぁと反語的な皮肉を込めた社会風刺の歌だったのだそうである。しかし社会風刺の宿命として飽きられてしまったのを、曲だけワルツに仕立て直して大流行、ということだったのだそうな。

 しかし環境保護活動が功を奏したのか、現在のドナウ川は東京でいえば多摩川の東横線多摩川駅周辺のあたりくらいにはきれいになっていて、夕日に茜色に染まった水面はまさにあのメロディの如く、美しく、この場合は赤く、流れていったのであった。

 また、ドナウ川で外せないのは、ここはローマ帝国の対ゲルマン人防衛線の最前線であったということである。皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌスは川の向こうの蛮族をにらみながら陣中に没したそうであるが、彼が眺めたドナウ川も、このようであったのかもしれない。

20070704222831.jpg



 時間は22時に迫り、さすがの太陽もだいぶ地平線に近付いてきたのでこの日はホテルに戻り、眠りについた。アップフェルシュトゥルンデルの腹もちが異様に良かったのか、その時間になっても満腹そのものだったので、この日は水だけ飲んで夕食をパスしてしまった。
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コメント

詳細な旅日記、毎回、楽しく読ませて頂いてます。

私もウィーンに行った時は、ファミレスっぽい店でヴィーナーシュニッツェルを主に食していましたが、ウィーンからイタリアに列車で入る時は、「魚食べたい!」状態になっていました(笑)
その時(2001年)、町の中心にある広場(名前失念)で見つかった古代ローマの遺跡が、ガラスで覆った形で、通行人にも見られるようになってました。

続き、楽しみにしていますね!

  • 2007/07/04(水) 23:31:28 |
  • URL |
  • なつ #3ItBdoaY
  • [ 編集]

>なつさん

ご愛読ありがとうございます!

ローマの遺跡については、次回登場予定です。

私の場合、魚も食べたかったのですが、どういうわけかオーストリアにはイタリアのようにコントルノの野菜をとる習慣がないようで、野菜不足に閉口したのを覚えています。イタリアに着いた時には、「ああ、これで野菜が食べられる!」でした。

  • 2007/07/05(木) 23:38:41 |
  • URL |
  • Tiberius Felix #-
  • [ 編集]

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一般には「子牛のカツレツ」のことと言われるが、実際には牛肉以外に、豚肉でも鶏肉でもよい。豚の方が向いているだろう。薄く切った肉をさらにステーキハンマーで叩き、小麦粉をたっぷりつけ、溶き卵を潜らせパン粉をつける。パン粉を挽き立ての黒胡椒で味付けしておくこと

  • 2007/07/11(水) 20:15:49 |
  • 料理を集める
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