趣味の迷宮 ~LABYRINTHVS AD PARNASSVM~

作者Tiberius Felixの迷宮的な趣味に関する雑記帳。 主に音楽、映画、読書、語学、グルメなどの感想・論評を中心に、興味の赴くまま無秩序に迷宮的に書き綴っていくつもりです。

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芸術的な一日~迷宮的旅行記第5章(7)

 翌朝は軽く朝食をとり、地下鉄を終点まで乗ってハイリゲンシュタットを訪ねる。ここはウィーンの北のはずれで、東京でいえば北千住とか綾瀬のような位置にあるといえるだろう。

 ここはかの楽聖ベートーヴェンが住んでいたことのある地区で、ここを歩きながら交響曲「田園」の構想を練ったという散歩道をはじめ、ベートーヴェンゆかりの家がたくさん(というのも彼は年に何度も引っ越しをしていたので)残っている。

 まずはベートーヴェンの散歩道を散歩する。
 ここはこんもりとした雑木林が幅3,4メートルほどの小さな小川沿いに連なる全長1キロ程度の散歩道で、さわやかな朝の空気の中を散歩するにはもってこいの道であった。「田園」の第2楽章のタイトルは「Szene am Bach(小川の情景)」というものであるが、そこに言うBachが目の前のまさにこのBachというのはなんとも感慨深い。

 川沿いを歩いていると、本当に「田舎に着いた時の楽しい気分(第一楽章)」になり、♪タッタッタッタッタ~ラララッタ タッタッタ~ララ タッタッタ~ララ ラ~ララッタッタ~ などと鼻歌がおのずと出てきて足取りも軽やかになる。あちこちからは、第一楽章や第二楽章で出てくる笛の音のように鳥の歌が聞こえてきて、まさに「田園」を実体験するかのようだ。

 大変楽しく散歩した後は、博物館になっているハイリゲンシュタットの遺書の家を訪ねる。

 ……しかし、案内図に乗っているベートーヴェンゆかりの家の数があまりにも多すぎて、いったいどれがどれやらさっぱりわからない。ベートーヴェン、いくらなんでも引っ越ししすぎだ。当時のウィーンにはきっと礼金も敷金もなかったに違いない。現代日本でこれをやったらたちまち賃貸借契約の終了要件(=賃借人の破産)充足だろう(笑)。

 ようやく見つけたハイリゲンシュタットの遺書の家は、ベートーヴェンの直筆の遺書原文や手紙などが展示されていたが、いかんせん規模は小さかったのであっという間に終了。帰りがけに前を通った、第九を作曲していたときに住んでいた家はワイン酒場になっていた。なるほど、歓喜の歌の家の利用方法としては、最もふさわしいといえるだろう(笑)。ベートーヴェンもワインをこよなく愛したというし、きっとTochter aus Elysium(楽園の娘)と天国で祝杯でも飲んでるってことでしょうなぁ。

 さて、ハイリゲンシュタットを堪能した後は、今度は視覚芸術を堪能しに、ウィーン美術史美術館へと向かう。

 ここはアルチンボルドのボディゴンシリーズや、ブリューゲルの諸作品で名高いのだが、私がまず驚いたのは古代ギリシア・ローマ関連の展示品の充実ぶりであった。
 ここでは、絵画と同面積の展示エリアが古代美術のために割かれており、何よりもうれしかったのが、あのルーヴル美術館でもそれほどたくさん見られなかったアルカイック期の彫刻が非常に充実していたことである。

 私はあの「アルカイック・スマイル」として知られる、謎めいた笑顔がとても好きで、その彫刻がこんなにもまとまった形で見られるというのは本当に驚きであった。

 また印象に残っているのは、ギリシア陶器がふんだんに展示されていたことである。私はその時まで、ギリシア陶器は単なる考古物程度の印象しかもっていなかったのだが、保存状態のよい、そして芸術的にもすぐれた壺絵の数々をずらりとまとめて展示してあるのを見て、その魅力に初めて開眼したのであった。

 そして忘れられないのが、古代の宝飾品の数々である。
 ほとんどがローマ時代の指輪であったのだが、色とりどりの宝石とそれを支える土台の細工が見事に調和して大変美しく、果たして現代同じものを作ったらいったいどんなことになるだろうか、と感嘆することしきりであった。宝石を欲しがる女性の気持ちがあれを見てよく分かった(笑)

 展示室の奥の方には、エジプトのコーナーがあり、久しぶりにヒエログリフに触れる機会を得た。石に刻まれているのは中期エジプト語か古エジプト語であるので、私は勉強した経験がなく、読めなくて当然なのだが、パピルスのエジプト語は後記エジプト語であり、一年みっちり勉強したので、読めるかもしれない、と思ったが、案の定古代エジプト語力はすっかり錆びついていて、単純な過去の助動詞iwとか、男性名詞の定冠詞pa,女性名詞の定冠詞ta、神を意味するnt_rなどのいくつかのまだ忘れていない単語を確認したにとどまったのであった。

 もちろん、ご自慢の絵画コレクションも素晴らしいの一言に尽きる。ブリューゲルの生き生きとした描写、バベルの塔のなんともいえない迫力も堪能できたし、アルチンボルドのボディゴンのファンタジアの豊かさも、実物を間近に見るからこそ見えてくる細かい描きこみぶりが見てとれて、非常に刺激的であった。何よりも、カラヴァッジォの強烈な陰影表現は、周りの絵と明らかに違う禍々しいまでにパワフルなオーラを放っていたのが印象的だった。

 絵画を堪能していると、気づいたら午後二時を回っており、昼食時をすっかり逃してしまった。

 まあ、連日の暴飲暴食でいが疲れ気味だったので、今日は少し食を控えることにしようと思い、昼食兼おやつとして、今度はデーメルのザッハー・トルテを食べに行く。

 デーメルのザッハー・トルテは、アプリコット・ジャムがないため、純粋にチョコレートの味だけで勝負している。それゆえ、チョコレートのコクはより強くより重く感じられ、非常に力強い味わいだ。
 ホテル・ザッハーのザッハー・トルテがジークフリートの葬送音楽だとすれば、デーメルのザッハー・トルテはさしずめパルジファル第三幕の場面転換の音楽と聖堂への騎士たちの行進の音楽のように、ひたすら重厚で力強く、荘厳この上ないシュテファン大聖堂をそのまま食べているかのような味わいである。

 どちらも甲乙つけがたい美味であるが、やはり私にはアプリコット・ジャムが作り出す鮮やかな立体感をとりたく思われる。というわけで、私の軍配はザッハー・ホテルの方にあげられた。

 それにしても、もし私がこの裁判を担当する判事だったら、公判のたびに毎回証拠物件として交替でザッハー・トルテの提出を命じただろう。で、法廷では時間を稼ぎまくってなるべく裁判の決着を引き延ばし、公判回数を増やして一回でも多くザッハートルテの無料サービスにありつく、と。これぞ役得、職権は乱用するためにあるのだ(笑)。

 ザッハートルテでおなかいっぱいになった後は(事実、かなりの量と甘さなので、本当に昼食一食分くらいと思われる)、ベル・ヴェデーレ宮にクリムトの「キス」を見に行く。

 今年の頭くらいだったか、映画「クリムト」を見て、その幻想的な絵画世界に強い印象を受けていたので、ぜひ実物を見てみようと考えたわけである。

 で、実物を見てまず驚かされたのは、その巨大さゆえに醸し出される一種独特の陶酔感である。映画での描かれ方では、クリムトはどうやら幻覚に悩まされる病を患っていたらしいのだが、あの絵を見ていると、確かにこの幻想感は本当に見えていたのかもしれない、と思えてくるのである。

 クリムトをたっぷりと堪能して美術館を出ると、何やら雲行きが怪しい。路面電車と地下鉄を乗り継いで、ヒエロニムス・ボッスの「最後の審判」を見にウィーン美術大学付属美術館にたどり着いたころには、もう夕立のような大雨になっていた。

 まあ、夕立ならすぐやむであろう、と、「最後の審判」を鑑賞する。この画家のファンタジーの豊かさは、いつ見てもすごい。どこか水木しげる的な感性を感じるのだが、地獄から悪人を苛みにやってくる魑魅魍魎が非常に大胆で面白いのだ。悪魔を描かせたら、この人の右に出る画家はいないだろう。

 心行くまで数々の悪魔のヴァリエーションを楽しんで、美術館を後にすると……

 折からの大雨に、台風もどきの暴風が加わり、おまけに雷までなる始末。どうやら街路樹に落雷して、折れた木が路面電車の線路をふさぎ、路面電車が不通にすらなってしまっているらしい。

 予想外のことであったのだが、そういえば田園の第四楽章は嵐がやってくるのだった。何もそこまで忠実に再現しなくてもいいのだが(笑)。

 それよりも傘がない。ベートーヴェンからいきなり井上陽水の世界に突入である(苦笑)。すっかりスーツケースに入れたつもりだった折り畳み傘を忘れてきてしまったので、どこかで傘を調達しなければ大変なことになりそうだ。ところが、ウィーンにはコンビニもなければ日本のようにあらゆる雑貨を扱っているキヨスクもないので(あっても飲み物と新聞くらいしか売っていない)、いったいどこで傘が買えるのか、さっぱり見つからないのである。ますます井上陽水だ(笑)。

 とりあえず、最寄りの地下鉄駅に飛び込み、いったんホテルへ戻る。ホテルの周りはちょっとしたショッピング街になっているので、傘を売っていそうな店を片っ端から当たる。4件目でようやく折りたたみ傘を変えたのであった。(続く)
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