趣味の迷宮 ~LABYRINTHVS AD PARNASSVM~

作者Tiberius Felixの迷宮的な趣味に関する雑記帳。 主に音楽、映画、読書、語学、グルメなどの感想・論評を中心に、興味の赴くまま無秩序に迷宮的に書き綴っていくつもりです。

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アルプスの向こう側~迷宮的旅行記第五章(15)

 パレルモの空港を飛び立ち、ミラノ経由でパリに降り立つと、すでに時刻は10時を回っている。

 空港を降りたって、真っ先に感じたのは、空気の冷たさだった。寒いくらいに涼しい。やはりアルプスの向こう側は、気候が変わるようだ。

 空港近くのホテルに、本当にただ眠るだけのために泊まり、翌朝は五時にチェックアウトしてパリ発七時のTGVでレンヌへ向かう。

 こんなに朝早起きしたのは、フランス有数のアクセスの悪い観光地、モン・サン・ミッシェルへ行くためである。

 パリからレンヌまで約二時間、レンヌからバス便で一時間半。片道三時間半の長旅だ。

 レンヌからは高速道路がないらしく、住宅街の中のくねくねとした一般道を平均時速50キロ程度でのんびり走ってゆく。
 
 やがて海に近付き、建物の数も減ってくると、地平線の彼方にあの驚異的な大伽藍が姿を現すのである。

 私はモンサンミッシェル名物の子羊料理をゆっくり味わいたかったので、定番のパリからの日帰り強行軍ツアーではなく、現地に一泊する予定にしておいた。

 まずはホテルに荷物を預け、そこからは徒歩でモン・サン・ミッシェルに向かう。

 海に突き出した細い一本道を、モン・サン・ミッシェルの巨大な建物を眺めながらひたすら歩く。やはりこの景観は圧巻だ。
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 周りでは、これから名物料理になる(笑)羊たちがのどかに草を食べている。
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 干潟に生える、塩分の多い草を食べて育ったこのあたりの羊は、肉に自然の塩の香りがつくのだそうである。確かにこの環境でのびのび育った羊ならば、美味しいに違いない。さあ、私のためにしっかり草を食べるのだよ、と声をかけながら先へ進む。

 近づけば近づくほど、圧倒的な迫力である。入口の城門をくぐり、いよいよ場内に入る。

 ちょうど空腹だったので、有名な巨大オムレツを食べてみることにする。とてもオムレツとは信じがたい、法外なボッタクリ価格だが(あのパレルモの素晴らしい晩餐全体に匹敵する値段だ!!)一生に一度しか来ないであろうところに来て、けちけちするのももったいないので、ここは素直にぼったくられることにする。まあ、これで食べておけば経験は一生なのだから。

 で、そのオムレツであるが、確かに巨大である。
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 一緒に移した私の手の大きさと見比べてほしい。

 このオムレツは、徹底的に泡立てたものを、強力な薪の火で直火焼きにしたもので、食感は非常にふわふわしている。中心部分はレアで、メレンゲのような軽やかな味わいであるし、外側はちょうど日本の伊達巻卵のような歯ごたえとフワフワ感がバランスよく共存した食感に仕上がっている。なるほど、これは名物に値する独特の味わいと認めよう。地元名物のシードル(リンゴ酒)にもよく合う。

 ……ただ、どう考えてもこれで38ユーロはぼったくり以外の何ものでもない(死)。フェアヴァリューは15~18ユーロがいいところだろう。明らかにバブル的価格である。あの独特の食感を出すために徹底的に泡立てた結果、値段もしっかりと泡立ってしまったのだろうか(苦笑)。

 さて、食事を済ませると、いよいよ修道院へ入る。

 外側の景観の素晴らしさから、内部はどんなにか素晴らしいかと思ったのだが、なんでもフランス革命時のキリスト教破壊運動で略奪されたときに内部の装飾は徹底的に破壊されてしまったそうで、今はむき出しの石材が寒々しく残っているだけの殺風景な空間が広がっていた。

 しかし、そのような、もはや残骸としか言いようのない姿になってさえも、おのずから湧き出てくる圧倒的な威厳、荘厳さというものは強烈な存在感で迫ってくるものである。イタリアの美しい教会にはクラブべくもないが、これはこれで素晴らしいものだと思う。たとえて言えば、グレゴリオ聖歌のシンプルでそっけないながらも、おのずと湧き出る荘厳さ、威厳、それに近いものを持った聖堂と言えるだろう。

 かなり時間の余裕があったので、総統じっくりと内部を回り、隅々まで見つくして外に出たが、時間はまだ三時。まだまだたっぷり時間がある。

 とりあえず土産屋でも覗いてみようか、と、縄文の近くに戻ってみると、そこにはサマーキャンプか何からしい、スペイン人の中高生の集団が異様な盛り上がりを見せていた。

 スペイン語はイタリア語に近く、津軽弁と鹿児島弁程度にしか違わないらしいのだが、確かに彼らがわいわいしゃべっているスペイン語は、イタリア語の知識から類推すれば何となく意味が分かるようなものが多かった。

 どうやら彼らはトレドの出身らしく、地元のサッカーチームの応援歌か何からしき情熱的なメロディの歌を歌いながら、情熱的に踊っていた。うむむ、スペイン人と言うのは本当に情熱的なのだなぁ、と実感した瞬間であった。スペインを訪ねたことはないが、きっとシチリアをさらに煮詰めたようなところなのかもしれない(笑)。いずれは行ってみなければ。

 そんなこんなでのんびりしていると、雲行きが急に怪しくなり、冷たい風が吹き荒れ始め、やがて横殴りの大雨になってしまった。

 この期間、ヨーロッパ中が猛暑だったにもかかわらず、フランスだけは例外的に涼しかったらしい。この日も最高気温が16度と言う涼しさだったのだが、そこから冷たい風が吹き始めると、日本の感覚では冬将軍の気配を感じ始めた晩秋の頃のような、ほとんど寒さに近い感覚を覚える状況になってしまった。

 さて、困った。
 この、フランス有数のアクセスの悪い観光地には、タクシーなど一台もなければ、町中にアクセスる路線バスすら通っていない。仕方がないので売店でビニールの雨合羽を買って、歩いて帰ることにしたのだが、ヨーロッパの雨合羽と言うのはひどいもので、隙間から水漏れはするは、無駄にびらびらしていて風にあおられ、一部ちぎれてしまうわで、本当にひどい目にあった。

 行きはおいしそうな羊たちや、かなたにそびえるモンサンミッシェルの威容を眺めながらの道のりだったので全く長さを感じなかったのだが、今度は一転、果てしなく続く地平線と草村しか目に映らず、しかも悪天候と来て、あるけどもあるけどもたどり着かないもどかしさを感じながら、ほうほうのていでとぼとぼと歩いたというわけである。

 ようやくホテルに着いた時には、風にちぎられた雨合羽を片手で押えながら、隙間からの雨漏りであちこちずぶぬれになって、すっかり体が冷えてしまっていた。

 まずは暖かいシャワーで体を温め、少し休憩して、夕食に臨む。(続く)
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