趣味の迷宮 ~LABYRINTHVS AD PARNASSVM~

作者Tiberius Felixの迷宮的な趣味に関する雑記帳。 主に音楽、映画、読書、語学、グルメなどの感想・論評を中心に、興味の赴くまま無秩序に迷宮的に書き綴っていくつもりです。

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月に憑かれて

 今宵は中秋の名月だそうで、私も軽く月見をした。

 私は月には非常な魅力を感じていて、中秋の名月の晩でなくても月の出ているときはふと目を止めて眺めていたりするのだが、いつ見ても月というのは違う表情を見せ、何度眺めても新鮮な印象を受けるから不思議なものである。

 たとえば夜も更けた頃、高く上がった月が青白く澄んだ冷たい光を投げかける月は、静的な美しさを深々と湛え、包み込まれるようなやさしさを感じる。たとえば以前書いた The Highwayman に現れる moonlight は、まさにこのような光であろうと思われるし、何でも中国でごく少量作られるという「月光乾燥茶」なる珍品を乾かすのも、このほのかな輝きに違いない。月という言葉からロマンティックな雰囲気を感じるとき、頭の中に思い描く月はまさにこのような月である。

 それでいながらまさに同じその状態のその月は、同時に寒々とした、荒涼とした印象を与えもする。満月が深夜に放つ不思議な明るさは、一種異様な雰囲気を持っていることも確かで、ゴッホの絵の中に登場する月(あれは確か三日月状の月だったかもしれないが)などはまさにこの雰囲気だし、桑田佳佑の「月」や鬼束ちひろの「月光」、エンヤの「anywhere is」などに歌われている月、或いはベートーヴェンのピアノソナタ14番を聴いた後世の人々が思い浮かべた「月光」もこのような月が浮かんでくる。

 それとは別に月には狂気のイメージも託される。初めて月は狂気のイメージに使われるという話を読んだときはなぜなのかまったくぴんとこなかったのだが、初めて月の持つ狂気のイメージを実感したのは、偶然夕日を浴びて真っ赤に染まった昇り始めの巨大な満月を目にしたときだった。沈む寸前の夕日と同じくらい巨大に見えるその月はなんとも言いようのない、猟奇的といってもいいような不気味な光景で、それこそまさに狂気そのものだ。シェーンベルクの「月に憑かれたピエロ」に取り憑いた月はまさにこんな月だったに違いない。

 また、青空に浮かぶ白い月というのも別の趣がある。幼い頃私は、絵本やテレビの中で月は夜にしか出てこないのに、昼間青空に白い月が浮かんでいるのを見ていつも不思議な気分になっていたのを今でも良く覚えているのだが、白い月というのはまた一種独特の不思議な雰囲気を持っているように思う。
 忘れられないのは今年の四月の半ば、徹夜仕事明けで明け方四時にタクシーで目黒から横浜に帰る途中、高速を走っているときに、西側まで白み始めたうす青い空に、満月がこれまた非常に大きく浮かんでいるのを見たときの光景である。川崎あたりの広大な工場が広がる埋立地の荒涼とした風景の中に真っ白な巨大な月が浮かび上がる光景は異世界に迷い込んだかのような―つげ義春の「ねじ式」の世界のような―奇妙な印象を私の心に強く刻んだのである。

 ところで月に関して私が長年気になっている疑問がひとつある。北欧や南極圏で、白夜や闇夜の季節、月はどうなっているのか?太陽が沈まないように月も一日中沈まずに輝き、或いは一日中沈んだままになることがあるのだろうか?
 北欧に住んだことのある人に是非一度聞いてみたい。
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コメント

先日はどうも

Waltz For Debby - Bill Evans っていい曲だな。

  • 2005/09/21(水) 19:36:23 |
  • URL |
  • H.ito #mQop/nM.
  • [ 編集]

でしょ!

ちょっと寂しそうな雰囲気で始まるのがいいよね。

  • 2005/09/21(水) 23:26:30 |
  • URL |
  • Tiberius Felix #-
  • [ 編集]

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