趣味の迷宮 ~LABYRINTHVS AD PARNASSVM~

作者Tiberius Felixの迷宮的な趣味に関する雑記帳。 主に音楽、映画、読書、語学、グルメなどの感想・論評を中心に、興味の赴くまま無秩序に迷宮的に書き綴っていくつもりです。

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海亀のスープ、あるいは長年の憧れ

 難解な連想ゲームの話ではない。

 長年憧れてきた、海亀のスープを今日ついに味わったのである。

 思い起こせば小学校の低学年の時、私は海亀のスープの存在を知った。
 それはNHKの特番で、不思議の国のアリスを取り上げていたときのこと。
 登場するキャラクターの「ニセウミガメ」の話で、当時イギリスでニセウミガメのスープと言うものが流行していたという話が紹介された。そもそも当時、南アジアに植民地を得た西欧列強が、当地の特産物の海亀をスープにして味わいはじめ、それが超高級料理として上流階級の間で一世を風靡していたところ、それをまねた中産階級の間に牛肉で作った「ニセウミガメのスープ」と言う料理が大流行していたというトリビアである。

 この話を聞いて、海亀をスープにするという話が非常に斬新で、強烈な印象を受けたものだった。

 やがて時代は下り、大学三年の夏休み。
 長い資格試験の勉強が一段落して、合格発表までのモラトリアム期間を、おもにレンタル映画の鑑賞で過ごしていたとき、「バベットの晩餐会」と言う映画の中で、再び海亀のスープが登場した。

 これは、パリコミューンでパリを追放された女性シェフが、北欧の寒村に流れ着き、コックとして地元の粗末な料理を作る日々を過ごしていたところ、宝くじに当選して大金を手に入れ、村人たちにかつてパリで情熱を込めて作っていた御馳走の数々をふるまうという、大変心温まる物語である。
 その、村人にふるまった御馳走の中に、海亀のスープが出てくるのである。

 これ以外のメニューは、それなりに味の類推の可能なものであった。
 しかし、海亀のスープだけは、一体どんな味がするのか、全く想像がつかなかった。
 この日以来、改めていつか海亀のスープを味わってみたい、と言う憧れが募っていたのである。

 ネットで検索したところ、東京では唯一、美食家の尊敬を受け続ける名店中の名店、有楽町のアピシウスで味わえるとのことであった。ところが、名店中の名店だけあって、とてつもなく高い。そんな店でスープだけ飲んで帰ってくることなど許されないので、最低でもスープ、メイン、デザートくらいは味わわねばならない。とても当時の私に手の出るものではなかったし、当然こういう店には一人で入れないところ、私の交友関係にこれに付き合ってくれそうな人物は皆無であった。

 その後苦節数年、社会人経験を積んで、それなりの蓄えもできたところで、いよいよ憧れを手にすることを視野に入れ始める。ある程度の経済的余裕ができたとはいえ、とてもおごりで行けるほどの収入はないので、割り勘で付き合ってくれる人物の登場を待ってである。

 ようやく、高校時代の同級生二人が、この話に乗ってきてくれた。

 ついに味わうことのできた海亀のスープの味は、やはり独特の一言に尽きる。

 亀の肉と骨だけでとったスープを、卵白で透明に仕立てたという、古典に忠実なそのスープの一口目を口に含んだその瞬間は、牛肉のようなパワフルなコクが感じられ、なるほどニセウミガメのスープを牛肉で作ったという話は納得である。
 しかし、そのスープを口中にゆっくりと味わうと、やがて非常に魚的な、繊細かつきめの細かい別種のうまみが広がっていく。しかもそれがぶつかり合うことなく、完全に溶け合って融合しているのである。
 さらに特徴的なのは、スープの舌触りである。
 亀にはコラーゲンがたっぷりと含まれているのだそうで、亀から染み出してきた豊富なコラーゲンが、非常に滑らかでとろりとした官能的な食感を作り出しているのである。このとろみはスプーンから唇を伝って舌と口腔を優しく包み、喉を通り過ぎるまでたっぷりと楽しませてくれる素晴らしいとろみであった。

 思い出してもあの快楽がありありと蘇ってくるのだが、当然ながらスープだけ飲んできたわけではない。スープ以外の各種料理もそれはそれは素晴らしかったのだが、コース全体の話は次回に続くとさせていただこう。
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