趣味の迷宮 ~LABYRINTHVS AD PARNASSVM~

作者Tiberius Felixの迷宮的な趣味に関する雑記帳。 主に音楽、映画、読書、語学、グルメなどの感想・論評を中心に、興味の赴くまま無秩序に迷宮的に書き綴っていくつもりです。

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中島みゆき「夜会 Vol.15 元祖・今晩屋」

 今年も幸運にも、夜会のチケットを入手し、鑑賞することができた。

 今回の夜会の題材は、安寿と厨子王の物語で、彼らが転生しても前世の記憶をうっすらと抱えていて、という物語である。

 中島みゆきは宗教性のある物語作りをすることが多く、特に輪廻転生や次の人生といった題材は彼女の作品に多くみられる要素である。

 今回も彼女の得意とする題材であったわけだが、どういうわけか今回は「語り」の様相が大幅に縮減されており、「歌」だけで物語を構成するような作りとなっていた。

 これは、舞台全体の音楽性をより高めるとともに、黙示的・抽象的表現で奥行きのある表現を狙ったものと思われるのだが、いかんせん説明的要素がそぎ落とされすぎていて、必ずしも彼女の伝えんとするところが十全に伝わってきていない印象を受けてしまった。

 彼女の表現者としての本質は詩人としての要素に最も強く表れているというのが私の見解である。彼女の作詞による歌の素晴らしいところは、アリストテレスの詩論が説くところの、大きな物語全体を、その一部分だけを切り出した短い劇中時間に凝縮して描ききるという、劇作法が徹底されていることであると私は思っている。特に、90年代の彼女の叙事詩的な歌の数々には、わずか5~6分の歌の中に一つの独立した世界を描き出す、劇的な作品の傑作が数多く揃っている。

 ところが、今回の手法は、今までの、長い物語の最も凝縮した、しかし連続した時間を切り出すというよりは、むしろ重要な瞬間瞬間の静止画を積み重ねて物語の全体像を示そうという手法のように感じられた。

 もちろん、こうした手法によっても緊張感のある表現が可能なことは言をまたないが、惜しむらくは今回は少々静止画の枚数がもう少しほしかったというところであろうかと私は思っている。

 いずれにしても、「実験劇場」という夜会の位置づけからすれば、本質に立ち戻った舞台であるということは間違いないことであろう。次回の夜会では、ここから更なる深化を遂げてくれるものと期待したい。
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