大正のラガーは、ホップの香りはぐっと抑えられ、材料に米が加わって、だいぶ現代のビールに近い味になっている。文明開化で取り入れた西洋文明を、日本人得意のアレンジで日本人好みの味に変化させたのであろう。
私は日本人にしては味の好みが西洋風なので、個人的には明治のビールを好ましく感じるのであるが、平均的な日本人の好みからすると、強すぎる香りは好まれず、繊細でかすかな香りを好むため、ホップの量は減らされたのであろう。そして、米を加えてよりマイルドな味わいにしたのであろう。
思うに、ビールそのものの味わいとしては格段に明治のラガーの方がうまいと思うのであるが、日本の伝統的な和食の味わいに合うかと問われれば、疑問の余地は確かに残る。日本人の大半が、日本の伝統的な和食だけを日常食としていた当時、日常の晩酌に飲むということを考えれば、確かにこういう味わいの方が好まれたであろうことが想像される。
しかし、それ以上に私の印象に残ったのは、この味わいの変化が明治という時代の印象と大正という時代の印象に見事に重なったことである。
大正時代にも第一次世界大戦やらシベリア出兵やらの戦争はあり、米騒動や関東大震災、震災恐慌に左翼の蔓延など、多くの社会不安があったには違いないが、それでもやはり大正デモクラシーや大正ロマンなど、どちらかというとたおやかなイメージのある時代である。
大正に比べれば、多くの血を流した維新に幕を開け、西南戦争を頂点とする内戦・内乱を鎮圧しつつ、文明開化と富国強兵を進め、日新日露の戦争を戦い抜いた明治という時代は、はるかにマッチョなイメージの時代だ。
こうした時代のイメージが、明治のラガーと大正のラガーの味わいの違いに如実に現れているように、私には思われる。明治のラガーの印象的なホップの香りに、力強い国は、歴史の教科書でおなじみの厳めしい明治大帝の御真影や、極彩色の日清日露戦争の錦絵などのイメージそのままであるし、大正のラガーの柔らかい味わいは、竹久夢二のパステルカラーの美人画を思わせる。
やはり、時代の雰囲気というものは、味の好みにも影響を与えるのであろう。
