趣味の迷宮 ~LABYRINTHVS AD PARNASSVM~

作者Tiberius Felixの迷宮的な趣味に関する雑記帳。 主に音楽、映画、読書、語学、グルメなどの感想・論評を中心に、興味の赴くまま無秩序に迷宮的に書き綴っていくつもりです。

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眠れぬ夜に

 今夜もあまり寝つきが良くない。
 こんな眠れぬ夜には読書が一番である。

 このところ散歩やドライヴなどの機会が続いた連想で、ホメロスの「オデュッセイア」を和訳でだが拾い読みしている。

 オデュッセイアでは、主人公を助けるために女神アテーネーがしばしば人間界にやってきてあたかものび太を助けるドラえもんのごとく不思議な力で手助けをしてくれる。

 そんなアテーネー女神の登場シーンで、非常に印象に残っている描写がある。

 オデュッセウスの前に、人間に変装したアテーネーが現れると、その人間離れした美しい姿を見たオデュッセウスがこんなせりふを言う。

 「あなたのそのお美しさは、とても死すべき人間のものとは思えません。もしやあなたは、オリュンポスにお住まいの女神様のどなたかではございませんか?」

 実はこの一言の台詞が、どこを切り取ってもとても面白く作られたこの古典中の古典の中で、私が最も強い印象を受けた部分なのである。

 昔、同じ予備校に通っていた人で、ユングの心理学に言う「アニマ」とはまさにこのことか、と思うような、それはそれは魅力的な女性がいた。この台詞を最初に読んだときに、まさにその人が浮かんできたことは言うまでもない。

 だが、オデュッセウスのように、女神が愛する男にはさまざまな幸福が与えられるのに対し、女神を愛した男にはさまざまな責め苦が与えられるのである。ギリシア神話はまるで現実のように残酷なのだ。

 たとえばゼウスの妻のヘラは、タンタロスという男が人間の分際で言い寄ってきたことにプライドを傷つけられ、タンタロスに永遠ののどの渇きを与え、目の前に川が流れ木の実がなっているにもかかわらず、水を飲もうとしても木の実を取ろうとしてもぎりぎりのところで絶対に届かないという刑罰に処した。
 また狩の女神ディアナは、水浴びしているところをたまたま見てしまったアクタイオンに腹を立て、彼を鹿にして、彼の自慢の猟犬たちに生きながらにして体中を食いちぎられてなぶり殺されるという罰を与えた。

 タンタロスの苦しみは、強い憧れの感情を抱きつつも決して叶わぬ苦しさそのものといえるだろうし、アクタイオンにしても、叶わぬ夢への憧れに全身を切り裂かれるようなものといえるだろう。

 私の憧れの女神様も、ご多分に漏れずまったく手の届かない存在だった。そしてオデュッセウスのような彼氏を持っていたのである。せいぜいタンタロスどまりの私にできることなど何もない。

 同じ試験を受けるため、最近また自習室でその人を見かけることがあるのだが、美しさという名の暴力が私にタンタロスの苦しみを与え続けているのである。

 とはいえ泣いても笑っても明後日(厳密には明日だが)には本試験が始まる。あの人を見かけることも、もうないのだろう。何ともアンビバレントな心境だが、この苦しみが少々名残惜しくもあるのである。
なお、大変申し訳ありませんが、この記事についてのみ、コメントを受け付けない設定にしております。
書いておいてなんですが、書きたいものの突込みを受けるのが厳しく、そっとしておいてもらいたい、という複雑な心境ですので・・・。
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