趣味の迷宮 ~LABYRINTHVS AD PARNASSVM~

作者Tiberius Felixの迷宮的な趣味に関する雑記帳。 主に音楽、映画、読書、語学、グルメなどの感想・論評を中心に、興味の赴くまま無秩序に迷宮的に書き綴っていくつもりです。

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続・クレタの迷宮、あるいは3,500年の時間の重み~迷宮的旅行記第8章(5)

 クノッソス遺跡へはクレタ島の首都イラクリオン(古典風にいえばヘーラクリーオーン、ヘーラクレースの町、である)の中心広場からバス便が出ていて、物の20分ほどで遺跡にたどりつく。

 入場料を払って遺跡内部に入ると、まずは思いのほか立体的な遺構が、かなりの修復を含むにせよ、残っているのが素晴らしい。基礎工事しか残されていないと、往時の姿を想像するのは専門家でもなければ難しいと思うのだが、崩れかけていても壁や屋根が残っていれば、それだけでぐっと想像力が膨らむというものである。

 以降の中の歩けるところを歩いていくと、本当に狭い部屋がものすごい数作られていたのがよくわかる。どうやら貯蔵庫の後のようだが、狭いところが好きな私には、こういう、狭い部屋がたくさんある建物というのは妙にわくわくするから不思議だ。

 本物は博物館に収められている壁画があった壁面には、現代の修復が飾られている。
 遺跡に対してこんな大胆な修復を施すというのはなかなか大胆なことだと思うのだが、ギリシアの感覚では積極的に修復するのが好まれるようである。
 いずれにしても、やはり宮殿のあったその現場で、修復とはいえそのもともとの姿を見ることができるのは素晴らしい。

 それにしても、イタリアで親しんだ遺跡はローマ帝国のものであるから、せいぜい2,000~2,200年前の割合新しい(!!)遺跡であるが、ここはBC1500年ごろというから、3,500年は経過していることになる。ローマ遺跡のざっと1.6倍も古いのだからすさまじい。その時間の重みというものを実感させられたのは、当時の大理石の敷石で、雨の少ないエーゲ海のこの島で、それでも3,500年分の雨に浸食され、あたかも鍾乳石の如くギザギザに溝が刻まれていたことである。雨垂れも石を穿つということわざを目の当たりにするのは本当に感動的である。

 クノッソスの遺跡は小高い丘の上にあり、エーゲ海からの海風が心地よく肌をなでていく。

 ……間の悪いことに、旅行に出かける直前にうっかり桑田圭祐の「ひとり紅白歌合戦」のDVDを鑑賞してしまった私は、この風を浴びるとうっかり"♪Wind is blowing from the Aegean"というあのさびのメロディが浮かんできて、ジュディ・オングの服装で長い裾をひらひらさせながら歌う桑田圭祐の映像が頭の中をぐるぐるぐるぐる回りだしてしまった(苦笑)。

 そんなこんなで遺跡を堪能してそろそろ帰ろうかというところ、偶然例の米国海軍の技師殿とばったり再会した。

 これも何かの縁、ということで、また行動を共にすることにした。

 もう一度遺跡を軽く回って、とりとめもない会話を交わしながら、遺跡の出口に向かう。
 寝ている猫を見つけたり、帰りのバスを待つ間に遺跡の出口のバール(のような喫茶店風飲食店)でオレンジのスプレムータ(のようなフレッシュジュース)を堪能する。どういうわけか、ポンペイしかり、オスティアしかり、遺跡の出口で売っているフレッシュオレンジジュースは格別うまいのである。不思議だ。

 その後、市街地をぶらぶら散歩し、ヴェネツィア共和国の領土だった時代の城塞に行ったり、まったりと残り時間を楽しみつつ、最後にコーヒーを一杯飲んで、別れた。彼はこれからエーゲ海の島めぐりに出かけるそうである。さすが海軍軍人、船酔いなど無縁だ(笑)。

 飛行場行きのバスを目の前で乗り逃がしてしまったので、やむなくタクシーで飛行場まで行ったが、それでも5ユーロで済んだ。やはり空港が近いのはありがたい。これがローマだったら50ユーロではすむまい。

 ロゼワインにならば見えなくもない、ホメロス風にいえば「葡萄酒色の」夕暮れの海の水面を眼下に望みつつ、飛行機はアテネに帰り着き、又バスに乗って市内へと戻る。
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