趣味の迷宮 ~LABYRINTHVS AD PARNASSVM~

作者Tiberius Felixの迷宮的な趣味に関する雑記帳。 主に音楽、映画、読書、語学、グルメなどの感想・論評を中心に、興味の赴くまま無秩序に迷宮的に書き綴っていくつもりです。

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The Highwayman

 アンディ・アーヴァインの歌うThe Highwaymanの魅力については下記に述べた。
 しかし彼の歌をじっくりと味わいながら何度も繰り返し聴いていると、その歌う詩の内容がどうしても気になってくる。特に、原語のまま意味を理解したいという思いがおのずから強まっていくのである。

 それで私は、CDの歌詞カードを拡大コピーし、知らない単語をすべて辞書で調べてこの長い詩を読んでみた。すると、この詩が、歌詞としてのみならず、詩そのものとして大変に美しく作られたものであることがしみじみと判ってきたのである。

 詩の内容はこうだ。
 著作権侵害を避けるため、翻訳ではなく要約を示す。

 まるで空に浮かぶ幽霊船のように月の輝く夜、一人の追いはぎが馬を駆り、(イングランドの)荒野を行く。フランス製の帽子にレースで飾られたシャツ、ワインレッドのヴェルヴェットのコート、鹿革のズボン、しわひとつない腿丈のブーツという18世紀の流行の最先端の服装を身にまとい、ピストルとレイピアは宝石に彩られて輝いている。その宝石のような星空の下、彼は古い宿屋へと馬を駆る。
 そこに待っているのは彼の恋人、黒髪に黒い瞳、唇の赤い宿屋の娘、ベス。彼が口笛を吹くと彼女は窓を開けて顔を出す。追いはぎは、これから大きな獲物を獲りに行く、明け方までには戻るつもりだが、もし日が暮れても帰らなかったら、月の光で自分を探してくれ、たとえ地獄が道をふさごうと、月の光を頼りにお前のところに行く、と言い、あぶみの上に立ち上がって彼女のほうへ手を伸ばす。もう少しで彼女の手に手が届こうと言うとき、彼女は髪をほどき、その髪を伝って彼女の香水の香りが彼の胸を満たす。月の光の中で彼はその髪にキスし、再会を約して西へと去る。
 その一部始終を、ひそかにベスを愛する馬丁のティムが、瞳に狂気を湛え、犬のように押し黙って聴いていた……。

 しかし昼を過ぎても彼は来ず、夕暮れの黄金色の光のかなたから、赤いコートの軍団がやってくる。国王ジョージの部下たちだ。
 宿に押し入った彼らは勝手にビールを飲み始め、ベスをマスケット銃に縛り付けて追いはぎの帰りを待ち伏せる。ベスは縛られた体であの窓から外を見つめ、月の光をたよりにやってくる、と言う彼の言葉を思い出す。
 夜は更け、月は輝きを増す。縛られた彼女は必死にもがき、やっとのことでわずかに動いた指先が銃の引き金に届く。やがて馬蹄の響きが聞こえ、彼が丘を越えてやってくるのがわかる。兵たちは銃を構え、ベスは彼が引き返すことを祈る。彼が宿へ近づくにつれ、彼女の心臓は高鳴り、やがて決意を固めた彼女は、月の光の中、最後の一息を吸い込んで引き金を引く。彼女が命と引き換えに鳴らした一発の銃声を聴いた彼は、危険を感じて引き返す。自らの血にぬれて横たわる彼女の事など露知らずに……。
 しかし彼は夜明け前にはすべてを聞かされる。月の光の中、いかに彼女が彼を待ち、そして月の光の中、いかに彼女が死んだかを。
半狂乱の彼は天を呪い叫びながら馬を飛ばし、レイピアを振り回す。彼のコートはワインのように赤く、拍車は馬の血で赤く染まっていたそのとき、兵たちがまるで犬のように彼を撃ち倒した。彼は自らの血の中に倒れていた、レースにほほを覆われながら。

 今も幽霊船のような月の輝く冬の夜には、追いはぎが宿屋に馬を駆り、娘が彼を待っているという……。

 この詩では、redやmoonlightと言ったキーワードが繰り返し、それも正反対の描写で使用され、前半の二人の幸せ振りが後半の悲劇と効果的に対照されている。

 たとえば、redと言う表現は、主人公のヴェルヴェットのコート、ベスの唇、という幸福な場面の描写に使われる一方、後半で流れる二人の血そのものの色でもあり、また彼らを破滅させる兵士の服の色として描写されている。

 さらに効果的・印象的なのはmoonlightである。
 まず、主人公がベスの元にやってくるという約束の象徴として描かれ、さらには二人の愛を象徴的に表す、髪への口付けのシーンでも印象的に使われている。
 そしてそのmoonlightの中で、ベスは引き金を引くのである。
 moonlightが愛や希望の象徴のように歌われてきただけに、そのmoonlightが悲劇の舞台になっていることで一層運命の残酷な急転換が際立つのである。

 このような美しい描写はやはり原語で読んでこそ味割れるものである。興味をもたれた方はぜひCDを手に入れるか、この詩の本(アマゾンドットコムの洋書コーナーで'Alfred Noyes''The Highwayman'と検索すればヒットする。値段は確か1600円前後だったはず)を手に入れて一読されることをお勧めする。

 国語の時間に習ったイメージで「詩」を敬遠している人も(と言うか私もまさにその口であったのだが)、「詩」と言うものの持つ本来の魅力に目覚めるきっかけになるかもしれない。
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  • 2013/07/17(水) 10:10:47 |
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