趣味の迷宮 ~LABYRINTHVS AD PARNASSVM~

作者Tiberius Felixの迷宮的な趣味に関する雑記帳。 主に音楽、映画、読書、語学、グルメなどの感想・論評を中心に、興味の赴くまま無秩序に迷宮的に書き綴っていくつもりです。

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It's Greek to me ~かくも迷宮的なるギリシア語(2)

 文法の迷宮を抜けるとそこには、構文の迷宮が広がっている(笑)。

 ギリシア語の動詞が千変万化することは先に述べたのだが、特に好んで使われるのが分詞である。
 この分詞は、動詞の意味を持ったものを名詞として使えるので、主語・述語・目的語となんにでも使えてしまう便利な言葉なのである。
 そのためギリシア語では、「何何しているだれだれが、何をどうして…」と言う一連の動作を、分詞構文でべたべたとつなげていき、長い長いひとつの文を作ってあることが多い。トゥキュディデスの歴史には、200語近い語数ピリオドが出てこない部分があると言うほどで、読んでるうちに誰が何をしていたのかわけがわからなくなってきたりする。

 さらにギリシア語では、間接話法が大変好まれる。
 たとえばプラトンの「饗宴」は、宴会でソクラテスたちが交わした内容を思い出しながら語っている人の話した内容を語り手が語ると言う3重の間接話法(!)で書かれていたりするので、これまた誰が話しているのかわけが判らなくなってきたりするのである。

 そしてギリシア語は、語順に関係なく語形変化で意味が分かるようになっているため、単語の順番はどのように並べ替えても意味は通る。そのため、悲劇等、形式の決まった詩の場合、形式にあわせるために語順がめちゃくちゃに並んでいたりして、どの単語がどの単語にかかっているのかわけがわからなくなってきたりするのである。

 このように、ギリシア語の世界は迷宮そのものである。

 しかし、見方を変えれば、いつまでも飽きずにうだうだ遊んでいられる迷宮なのである。2500年前に書かれたギリシア語の意味が分からなくても日常生活に何の支障もないし、意味が分かったからと言って何の得もない。無意味である。だからこそ、趣味と言う無意味性そのものを楽しみ味わう世界にはこれほど向いている言葉もないと私は思う。

 脱出しなければならない迷宮はまさに恐怖そのもの、地獄以外の何でもないが、脱出しなくて良い迷宮は楽園である。ならば、その迷宮は複雑であればあるほど楽しいのではないであろうか。そう考えると、ギリシア語の複雑さは、ギリシア語という趣味の迷宮の主人からの心づくしのもてなしのように思えてくるのである。
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コメント

ううむ

「脱出しなければならない迷宮はまさに恐怖そのもの、地獄以外の何でもないが、脱出しなくて良い迷宮は楽園である。」
さぁて、資格試験はどっちだ?

  • 2005/06/05(日) 22:13:44 |
  • URL |
  • こば #-
  • [ 編集]

脱出したいですね。

三次試験の迷宮からは一刻も早く脱出したいです。ここをさまようのは、いやだなあ(苦笑)

  • 2005/06/05(日) 22:34:40 |
  • URL |
  • Tiberius Felix #-
  • [ 編集]

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